「この関係は俺様と利害が一致したからこそのモンだろうな。同じヤマを追ってる時なんかは裏の情報源にもなるし、人肌が恋しい時は二人でセックスして寝りゃスッキリすんだろ。で、どうだ。俺の答えに満足したか?」
「……ええ、そうですね。とても」
やはりそうかと、心のどこかで落胆している自分には気づかないフリをした。
酔ってしまいたい。そう思ったのは、同僚と部下の尻拭いに明け暮れてやっと仕事が片付き疲労困憊したせいか。
左馬刻との身体の関係は昨日今日に始まったことではなく、今のところはそれなりに続いている。お互いに性欲処理する為の、それこそセフレに近かった。セックスして一緒に眠るという今の関係は、きっとセフレだ。セックスした後は同じベッドに横たわり、眠り、朝を迎える。理鶯と三人でいる時とは違う空気が流れる過ごしかた。始まりがどんな経緯だったかは忘れたが、酒に飲まれ、朝起きたら同じベッドで寝ていたという事実に、向かい合って抱き合っていたという事実に、ひどく驚愕したのを覚えている。
そのうち左馬刻のセーフハウスは、俺にとっても慣れた場所になっていた。左馬刻はセックスの後に相手を抱きしめて寝るのが好みらしく、俺なんかまでその対象らしい。身長だって左馬刻より低いものの180はギリギリ越えてるんだぞ。女とは似ても似つかない、左馬刻と同じ性別をした自分の身体を見下ろす。……男だよなどう見ても。自分を抱きしめて寝る趣味なんかないが、お世辞にも抱き心地が良さそうとは思えない。ただそのくせ、左馬刻に添い寝されると安心してしまうのも事実だった。独りでは得られない温もりは、やはり何物にも代え難い。すぐ近くで見れる綺麗なツラと緋色の虹彩。その目に映ってるのが俺だってことが嘘みたいに、やわらかく笑うんだよ、アイツ。それを見ていると居た堪れなくなって、目を合わせていられるのなんか数秒程度だ。背を向けて寝ようとすると、背中にくっつかれる。銃兎ぉ、なんて甘えた声で囁かれると弱い。完全に俺の負けが込んでいる。
左馬刻の家に泊まって、セックスもせずにベッドを占領して寝てしまうこともあった。言い訳になるかもしれないが左馬刻の匂いのするベッドが眠気を誘ってくるもんだから、どうしても眠くなるんだ。
仕事柄、家の外では緊張の糸を張っている。だが、この場所では気を張らなくていい。あの碧棺左馬刻が同じ空間にいる。我らがリーダーだ。左馬刻がいるなら頼もしいという、そんな手放しの信頼感。左馬刻も当たり前のように俺と同じベッドで寝転がる。「でけぇ男二人が一緒のベッドってどうなんだ」と言えば「なら銃兎よぉ、俺様が目を離した隙にベッドで丸くなんのどうにかしろや。あんなスピスピ寝られちゃ起こせねぇだろ」と朝食を作ってくれながら返される。ぶつくさ文句を言いながらも、根は優しいやつだ。
隣に左馬刻がいてくれることで、より深く安心や安堵を感じている自分がいることにも薄々気づいていた。セックスした効果なのか、それとも左馬刻が──惚れた相手が、添い寝してくれることの効果なのか。……そうだ。俺は左馬刻のことが好きだ。認めたくなかったが、残念ながら自覚はあった。
警察の俺がヤクザの若頭なんかに惚れちまったところで何もメリットがないのに。それなのに好きになり、きっと俺ばかりがアイツを好きになってるんだろう。
必要なときに必要なぶんの対価を用意して交換する──それが利害の一致という関係だ。こんなのは利害の一致でもなんでもなく、愚かで馬鹿げた恋だ。セフレを長く続けるにはお互いの感情レベルが同等であり、何度セックスしても恋愛感情が生まれない相手がいいに決まってる。
よりによってマル暴のサツが、すこぶる顔が良い反社の野郎に惚れてるとか、他人事なら嘲笑の一つもしてやるのに。
二人きりの時、馬鹿みたいに優しく抱いてくるのは左馬刻の悪い癖だった。まるで恋人でも呼ぶように、嬉しそうに俺の名前を口にするのは良くない。大事なものみたいに、優しく俺に触れてくるのも良くない。そのせいで、本当はアイツも俺と同じ思いでいるのかもしれないなんて、頭のおかしな期待を抱いてしまうんだ。
そして今日、そんな期待が綺麗に打ち砕かれた。呼吸が苦しい。こんなに虚しいなら、こんな関係最初からなければ良かったのかもしれない。あの時、薄汚れたコンテナ倉庫で左馬刻と再会なんかしなければ──だがそれを想像しただけで、ぎゅっと、胸が痛んだ。視界が歪み、鼻の奥がツンと痛む。自分が泣いていることに気づいた。ぼたぼたとこれ以上みっともなく零すわけにはいかないから、強く擦って拭う。それは汚職まみれで濁った自分から溢れ出たとは思えないぐらいに透明で、情けないくせに綺麗だった。
決して勘違いしないように。何度自分にそう言い聞かせただろう。男は単純だ。欲情すれば理性が押し負けて、あとは為すままに。
この気持ちを伝えてしまったら、左馬刻との関係が終わるのは目に見えている。それだけならまだいい。こんな思いを抱えていると知られた時、俺のことを侮蔑するかもしれない。チームメイトの男に懸想する男なんか気色悪い、MTCにはいらないと吐き捨てられる──リーダーである左馬刻の命は絶対だろう。
俺はそんな未来がくるのを恐れていた。左馬刻に疎まれ突き放されて、独りになるのが怖い。だから、ただ抱かれるだけで俺には充分だったんだ。たとえ、そこに愛がなかったとしても構わない。恋人になろうなんて望まない。都合の良いセフレでも何でも良いから、この関係に浸っていたかった。でも、この何も生まない無駄な関係は、もう終わらせ時なのかもしれない。
△▼△▼△
「左馬刻……この関係は、利害一致の故ですよね……? わたしは知ってるんですよ。警察ナメないでください」
日付が変わる頃、完全に酔っぱらっているだろう銃兎にそんな台詞を言われて、返答に困った。この関係が始まったきっかけの夜と同じようにアルコールを多量に摂取した銃兎は、呂律も幾分たどたどしい。
「……ったく飲みすぎてんじゃねぇよ。つかマッポ関係ねぇだろ」
「はっ、どうせ自己管理ができてないとでも言いたいんでしょう? 酔いつぶれちゃ、ろくにラップもできませんしねぇ。失望したんですか?」
「あン? お前なぁ……」
ああ、まずい。銃兎の目がアルコールでどんどん潤んできやがっている。やわらかい若葉色とネオンピンクの境目は、冷静な時ならきっかり分かれているのに、今はじわりじわりと溶けてゆく。
「っ……さま…さまとき……俺は…」
「勝手に自己完結してんじゃねぇぞ銃兎。ンなことでテメェに失望なんざなぁ、するわけねぇだろ」
「………敵が来たら、どうするんだ」
「雑魚共に俺様が負けると思ってんのか? ……お前一人くらい俺が護ってやるに決まってんだろ」
「俺なんか、護っても何にもならねぇ。おれが……さまときを俺が護ってやるんだ。おまえは、俺たちのリーダーなんだから。…おれは、お前に人生まるごと懸けてるんだから……」
「おうおう、分かったから。ありがとなウサちゃん。でも敵は俺様のセーフハウスまで来ねぇし、俺様は眠ぃ。そろそろ寝たいんだよ。ウサちゃんも俺様と一緒にお寝んねする。な、それで良いだろ」
風呂から上がって乾かしただけ。整髪されていない髪の指通りを楽しみながら溜息交じりにそう言ってやっても、銃兎は嫌です、まだ寝ませんと抗議した。ヨコハマの王に異議を唱える勇気がある人間なんてのは中々いないものだが、銃兎にワガママを言われても腹など立ちはしない。正直好ましい、としか。
「さっきの質問に、答えてからですよ」
なんだ、今日はやけにそこに執着するじゃねーの。眠たくもあって、いい加減ウサギを抱えてベッドに潜りこみたいところだが。
「あー、そうだな……銃兎の言う通りだ」
「………」
「この関係は俺様と利害が一致したからこそのモンだろうな。同じヤマを追ってる時なんかは裏の情報源にもなるし、人肌が恋しい時は二人でセックスして寝りゃスッキリすんだろ。で、どうだ。俺の答えに満足したか?」
「……ええ、そうですね。とても」
俯き気味な銃兎の表情が見えず気になるが、どうせ酔っぱらいの戯れ言だと深く突き詰めなかった。
「水持ってきてやっからそこに座ってろよ」
『この関係は俺様と利害が一致したからこそのモンだろうな』
言われたばかりのその声がリフレインして、心の柔らかい場所にズブリと刺さった。ああクソ、両想いなんか望んでないと言ったくせに、一丁前に傷ついてんのか俺。やっぱり左馬刻のこと好きすぎるよな。分かってたけどよ。
左馬刻がコップに水を入れ持ってきてくれたが、構わずスーツに袖を通す。目の前の左馬刻は意味が分からんと言いたげな顔をしているが、そんなの俺だって分からない。足元もふらつくが、とにかく今日は左馬刻と一緒にいたくなかった。顔を見ていると、恐ろしい秘密が漏れそうになる。ガタッと勢いよく立ちあがった。
「銃兎?」
「……帰ります」
「はぁ? バカ言え、飲酒運転になんだろうが。泊まってけ」
ヤクザに正論かまされるなんざ、俺も末期だな。無視してリビングを抜けた。急に動いたせいか血の気が引いてるのも分かる。急いでその場を後にしようと思ったのに、腕を取られてしまった。
「おい銃兎、どうしたんだよ」
「どうもしません」
左馬刻に知られてしまうのが怖い。セックスは性欲処理の為だなんて言い訳だったこと。ベッドを朝まで占領したのは、抱かれたあと一人の家に帰るのが寂しかったから。
不恰好な俺の懸想を知られて、嫌われるのが、疎まれるのが、怖い。だから今すぐ出直さないと。こうして左馬刻が飲みに誘ってくれるのも、今日が最後になってしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。離してくれ。早く、はやく、はやくしないと、
「! な、……おま…泣いてんのか……?」
「ッ、どけよ左馬刻! そんな目で俺を見んじゃねぇ……! 見るなよっ……ああもう、いやだ……! こんな……クソ…」
視界がぐしゃぐしゃに滲む。最後の方は怒鳴ったつもりが、もう涙声だった。MTCで俺が一番年上のくせに情けない。
「あんまり目ェ擦るんじゃねぇよ。……ほら」
左馬刻は、情けないチームメイトの俺をしっかりと抱きしめてくれた。顔を見られたくないのを分かっているみたいに、左馬刻の肩へ額を押しつけられる。これだからずるい。今ので余計に好きになっちまったじゃねぇか。優しくすんな。これ以上、お前のことを好きにさせんじゃねぇよ。
「………」
くすんと鼻を鳴らすと、鼻詰まりが多少マシになる。左馬刻が愛飲している煙草と、左馬刻がいつも使っている香水の匂いがした。一週間ほど前、地下にあるクラブでヤクを撒いた元舎弟の野郎共を容赦なくシメてた髑髏のヒプノシスマイク。それを握っていた手が俺の頭を、いたわるように撫でる。
ガキみたいだと恥ずかしくなって身じろいでみたが、随分しっかり拘束されているようで離れられない。……本当は離れたくない。そう思っていても、俺から背に腕を回すことはできなかった。二人して黙って、どのくらいの間そうしていただろう。
「落ち着いたかよ……銃兎」
「……ええ。迷惑をかけましたね。仰る通り、帰るのは無理そうです。ソファを借りても?」
「それはこの後の話次第だなァ?」
いつもどおり偉そうに言ったかと思えば、左馬刻がソファへどかっと座る。俺も少し離れた位置に座ろうとしたが、あろうことか膝の上に乗せられた。
「な、なにを……! やめろって、おい」
すごく恥ずかしい。さっきからずっと顔が熱い。降りようと足掻いたものの許してもらえず、重いだろと言ってみても「んなヤワじゃねぇ」の一言であっさり棄却された。どこを見て良いのかも分からず、斜め下にあるソファのクッションを見る。いつだったか三人で買い物に出かけたとき、左馬刻がふざけて買った、ウサギの形をしたクッションピロー。
「話があるんだわ」
「そうですか、私にはありません。おやすみなさい」
話を完全に拒否したが、そんな顔しといてよく言うぜ、と鼻で笑って一蹴される。
「つーか俺様の目も見ねぇくせに。ちゃんとこっち見ろや」
「……それも嫌です」
取りつく島もないような態度を取ったところで、左馬刻を相手にすれば意味がない。俺は逃げ道を断たれてしまった。
「……だったら俺の話を聞けや銃兎。今まで俺様が勝手にベッド占領されて怒ったことがあったか?」
「………」
「そうだろ。今日だって同じだわ。何があったんだか知らねぇが……俺様が慰めてやっからよ。一緒に寝ようぜ」
「……左馬刻」
「んだよ、俺様じゃ不満だってのか」
「バーカ、違ぇよ。……お前ってほんとに格好いいな」
なんだか逆に笑えてきた。こんなに良い男、惚れない方が無理だろう。左馬刻が本気になればどんな良い女もオトせるだろうし、男だって、俺を相手にしてガチガチにチンコ勃起できるくらいなんだから、守備範囲内なのかもしれないし。イったあと以外でフニャってるとこ見たことねぇもん。復活も早いし。話が逸れたが、現実の左馬刻は不服そうに舌打ちしている。
「アアン? からかってんのか。俺様は真面目に言ってんだぞ」
「本気でそう思ったんだから仕方ねぇだろ。……そうだな、左馬刻サマの膝の上に乗せられたい女を募集したら稼げるんじゃないか?」
「んなダリィことして堪るか! ンなことより銃兎よぉ、どこの誰に泣かされたのか教えろや。ケジメ付けてきてやっからよ」
「……んだよそれ、ヤクザみてぇだな」
「おー、実はヤクザなんだわ俺」
実は、なんて冗談めかしてハマの常識を口にする。俺を笑わせてやろうとしてくれたんだろうな。俺は今、うまく笑えただろうか。俺も少しだけ話してみようか。これ聞いたら左馬刻も笑ってくれるかもしれねぇし。
「……俺な、今日、好きな男にフラれたんだよ。慰めてくれんのか?」
「っ、はァ!? ……そいつ、マジモンの大馬鹿野郎だな。ウサちゃんもしょんぼりお耳垂らしてンじゃねぇよ」
左馬刻は俺のフラれ話を笑うかと思ったが、存外真剣な顔をしていた。価値の分からねぇ奴にくれてやることなんかねぇ、と吐き捨てるように言う。
「……そう、かもな」
「おう、だからンな顔すんな。俺様のお気に入りをコケにしてくれたドマヌケ野郎ブッ殺したくなるからよ」
「……気に入ってるのか? 俺を?」
「今更なに言ってやがんだ、当然だろ。気に入ってなきゃチームになんか誘わねぇ。銃兎の望みなら何だって叶えてやるぜ。あの時だってそう言っただろ?」
なんだよそれ。俺が言ったら、なんでも叶えてくれるなんて、本気で言ってんのか。目の前にいる左馬刻の声が、耳元で低く甘く響く。こんなに近いのに。こんなに近くで見つめていられるのに。誰しもが恐れて、それでいて憧れる左馬刻を今は俺が独り占めして、目が合うと「やっとこっち見たな」と笑ってくれる。畜生、なんで俺はチームメイトで、ただのセフレなんだろう。左馬刻の、本当の特別にはなれないのか。こんなに優しくしてもらえても左馬刻の好きな相手にはなれないなんて、余計に虚しい。そうだろう。だって俺は、お前が好きなんだから。
「……俺が失恋した相手は、沸点低くてバカだけど優しくて、仲間思いで、強くて……女にもモテるんだ。同じ男の俺から見ても、すげぇ格好良い。ラップが上手くて、声も良ければ顔も良いんだよ。最高だろ」
「あァ? 何一つ良くねぇっつーかムカつくところしかねぇわ。ウサちゃん泣かせた時点で最低のクソ野郎だろ。……どこのどいつだ。ラップするってことは俺が知ってるやつか。俺様より強ェのか? タイマンしてきてやるよ」
「はは、……あのなァ、左馬刻。そんなやつ一人しかいねぇだろ。お前以外に誰がいるんだよ」
やりきれない衝動に駆られたせいで苦しくて、恐ろしい秘密を俺の口が勝手に告げてしまった。左馬刻の身体に猶予なく緊張が走り抜けるのを、いやでも感じ取ってしまう。
ずっとずっと隠していたこの気持ちを伝えてしまったら、左馬刻との関係が終わるのは目に見えている。こんな厄介な感情、捨ててしまえればどんなに楽で良かったか。左馬刻は俺を侮蔑するかもしれない。男同士で、そのうえ同じチームメイトの男に懸想している男なんか気色悪い、MTCにはいらないと吐き捨てられる──そうだろう?
結末なんざ分かってるのにどうしようもないんだ。これが俺の、愚かで馬鹿げた恋だよ。
「! …じゅうと、」
左馬刻が何か言いかけたことは分かったが、聞きたくなくてキスで口を塞いだ。お前の言葉は、マイクを通さなくても俺には効果抜群だから。お別れをするから、今だけ少し黙っていてほしい。
「好きになってしまい、すみません。チームメンバーに懸想なんて言語道断ですね。代わりの人間を探しますので、少し待って頂けますか。理鶯には私から謝っておきます」
きっと不遜で優しいお前には分からない。近づいたら近づいただけ痛いし、近づかれると壊れそうになるんだ。もう一度そっと唇を重ねたのは、俺の欲の為だ。これが左馬刻とキスできる最後のチャンスだから、一生この感触を覚えていたい。忘れないようにしよう。これからは、もう抱かれることもない。マル暴とヤクザってだけの関係になるんだ。
名残惜しく思いながら離れると、キレて怒号の一つでも飛ばしてくると思っていた左馬刻が存外静かな顔をして黙りこんでいたから、予想していなかった反応に狼狽した。
「さまと、」
「……まず言っとくが俺ら三人でMTCだ。他の野郎なんか有り得ねぇ。俺の横には45Rabbitだ。……何しでかすか分からねぇウサちゃんだけどよ、イカれた仲間には似合いだろ?」
左馬刻は口端を吊り上げて笑う。言い聞かせるように話しただけで、俺のことを侮蔑しようとか、それどころか要らないとも、言わなかった。それだけで、俺がどんなに救われたか。やっぱりこいつは優しい。最高に、良い男だと思う。
「さっき俺様は、この関係は利害の一致だって言ったよな」
──その話を、するのか。今度は俺の身体に緊張が張り巡らされ、力が知らず知らず入ってしまう。左馬刻は強張りを解すように、背中にゆっくりトントンと触れてきた。
「銃兎、……お前からしたら、気持ち良さと安眠と裏社会の情報が利益だろ。なら、俺様がお前とセックスする利益を考えたことがあるか?」
「……左馬刻の、利益?」
「そうだよ。実はな、気持ちイイ以外にもあるんだわ。スッキリさせんのだけが目的なら嬢でも呼びゃ済むことだろ」
俯いていた顔を上げる。俺をまっすぐに見下ろしてくる紅蓮色の瞳は、何かを宿しているみたいで。俺に気づいてほしそうに見えるが、はっきり言って掴みきれない。
「……俺が、お前に抱かれるとき、その……女みたいに、でかい声で喘いじまう……から、内心ほくそ笑んでるとか」
「テメェは俺をなんだと思ってやがるんだ」
「警察の捜査情報が聞き出せること」
「………はぁぁぁ」
だんまりの上、あからさまに溜息つきやがって。なんだこいつ。とにかく俺の答えはどっちも不正解らしい。
そういえば、ふと思う。この関係って、左馬刻に何か利益があるのか?
改めて考えてみると、ない気がしてきた。
だってこいつは女でも男でもオトせるんだから。俺だってこのツラを使って警察組織の上役や中央区の役人に取り入ったことがある。でも、本命の相手には全く効果がないことは実証済みだ。左馬刻は偉そうだし短気だし俺様だが身内には甘いし、意外と面倒見も良い。例えるなら傷ついたウサギでも保護してるような気分なんだろう。そう結論付けていた時、
「銃兎の寝顔を見るのが楽しみだって言ったら?」
「?! っ……な、」
言葉に詰まる。なんだそれ。俺をからかってるだけ、だろう。
「寝てる時、ウサちゃんが俺様の腕にすり寄ってくんだよ。めちゃくちゃ可愛いと思うだろ。ハッキリ言って仕事なんざ行かせたくねぇが、お仕事大好きなウサちゃんだからメシ作って送り出してやってんだ。感謝しろよ」
「……な、なんで、だって俺なんか……そんな……」
急な暴露に思考回路がうまく繋がらない。事情を飲みこみきれずに、やっとそれだけを口にした。左馬刻は心底呆れたと言いたげな調子で「銃兎よぉ……野暮なこと言わせンじゃねぇぞ」。チュ、と可愛らしい音を立てて触れるだけのキスを額に落とされる。まったくこれだから本当に、俺はお前のことがムカつくんだ。いつもみたいに小言を言ってやりたかったが、「ほら、もう寝るぞ」とベッドに引っ張られると弱い。ハマの王様は俺の返事なんか聞く気もないのか、ぎゅっと抱きしめられる。すっかり寛いでいるらしい、穏やかな心拍数。
一生をかけて心臓が拍動する回数は23憶回だというが、左馬刻の横で、チームの仲間として同じ方向を見つめて、時には暴れるヤクザの後始末をして、ただでさえ面倒な道を生きている上にコイツに恋までしちまったわけで、俺の心臓大丈夫か。到底足りねぇ気がする。左馬刻の首筋に顔を埋めると、ほっと溜め息が漏れた。あたたかな体温に微睡んでいく。
「……好き、ですよ」
伝え損なってばかりいた感情を素直に舌に乗せて音にしてみると、胸の奥で鼓動があたたかく拍動を打った。汚職、悪徳、不良だとか冠してるのが俺で、誰かに心底惚れこんじまうなんてこと人生で初めてだが、決して嫌な感覚じゃない。
「おう。……ウサちゃんはこうされんのが好きなんだろ? 分かってんぜ俺様は」
銃兎の彼氏様だからな。口では余裕なセリフを言いつつ、早まってくれた鼓動が伝わってきて愛おしい。左馬刻も俺を好きなんだと実感できた。彼氏様、なんて。ふふふ。
……ん?待てよ? うっかりスルーしちまったが、俺が左馬刻と抱き合って寝るのが好きだってバレてるのか。少し恥ずかしい。隠してたつもりなのに、いつからバレてたんだ──それに左馬刻はいつから俺を好きだったんだろう。気になりはするが、左馬刻の体温が連れてきた微睡みに勝てそうにない。ねむい。ふわふわする。目が閉じていく。ムダな抵抗はやめよう。
それを聞くのは、あしたか、あさってか、わからんが。とりあえずきっと今じゃなくていい。