戦が激しかった攘夷戦争時代。熾烈を極める戦場の中は当然ながら女日照りで、それでも斬り合いによって興奮して昂ぶった身体を鎮める為に男同士で交わった。
歌舞伎役者の卵は贔屓客を見つけるために身体を売ることが多く、若く華奢なその身体を好んで抱く男達は少なくなかった。
陰間茶屋では、若い美少年らが稼ぎ頭になっている。年が行けばトウが立つといって、お役御免になる。
抱かれる男の花盛りは十六。十一より四までが花の蕾。十五より八が盛りの花。十九から二十二までが散る花。
どれも、よく聞く話だ。……話だけのことで、まさか俺が、この年になって男と肌を合わせるなんて、考えてもみなかった。
「んっ……ふ、ぁっ…ぅ、ぁっ」
くちゅくちゅ音を立てて尻の穴を掻き回され、俺は強く目を瞑り快感に耐えた。それでも吐いた息と一緒に漏れてしまった声は、鬼の副長だとは思えない甘ったるく掠れた声。
情けなくて恥ずかしくて居た堪れなくて、下唇を噛んで堪えた。
「声、出せって」
普段、顔を合わせるたびに怒鳴り合う時とは全く違う声だ。
低く掠れた息混じりの声で囁く万事屋がクチュリと水音を立てて、俺のナカに挿入ってくる。
「だれっ……が」
欲望に流されないように必死だった。理性で檻と鎖を作って雁字搦めにする。
強く睨みつけてやると、欲情にじっとり濡れながら紅い炎を灯す雄の瞳とぶつかって、俺は戸惑った。
────見た目とか話し方とか、フワッと優しげでよ。どんな相手でもトロトロのメロメロにしちまうような、そういう色気を持ってるカワイイ男が一番らしいぜ。
前戯の時、俺にそんな話を聞かせたのは何のつもりだったんだろう。
軽い調子で【抱かれる男の理想】を話していた万事屋は、ガタイも良ければ女と見間違うこともない俺の身体を抱いて犯して、欲情している。
俺はフワッと優しい話し方なんか出来ないし、目つきもこの通り悪い。俺をチンピラ警察二十四時だと評したのは万事屋本人だし、実際その通りだ。嫋やかさも上品さもない。素直さも可愛げも、全く持ち合わせちゃいない。万事屋に、好かれる筈がない。
だが不毛なことに、俺はずっと前から坂田銀時に惚れていた。今も、惚れている男に抱かれている。
何のつもりで万事屋は俺なんかを抱いてるんだろう。この関係を訝しみながら、心の中で喜んでいる自分も居て、それが厄介で困る。
『惚れている男』と言ったが、常日頃の奴を見ていると、なんでこんな奴がと舌打ちしたくなるようないい加減な男だ。昼行灯で、やる気がカケラも見られない態度、死んだ魚のような瞳は、トレードマークと言っても過言じゃない。
それでも守ると決めたもののためには、テメーの命を投げ出すかのように戦う。
強靭な身体、鋭く無駄のない太刀、男から見ても惚れ惚れする魂を垣間見た瞬間、俺は心の底から全て鷲づかみにされたような衝動が走り──そして俺は、いつの間にか奴を目で追うようになっていた。
そして、この気持ちに名前をつけることも告げることも出来ないまま、俺は酒に酔った自棄と勢いに任せてコイツと関係を持ってしまった。
俺は初めてだったが、万事屋は男とソウイウ事をするのが初めてではないらしい。口に出して言われたわけではないが、何かと手馴れた雰囲気があり、俺と違って動揺もしていなかった。……それは、今に至っても変わらない。
俺は恥ずかしくて緊張して、触れられる度に反応してしまう。押し倒されるだけで、見つめられるだけで、心臓が煩い。顔が熱くなる。呼吸が乱れる。童貞でもないのに、真選組の色男と揶揄されたことだってあるのに、この体たらくだ。
馴れている万事屋から見れば、いちいち反応してる俺なんか馬鹿みたいに見えてるに決まってる。初心丸出しになっている俺を茶化して揶揄うわけでもなく、ただ眺めて、クスクス微笑む余裕すら見せるコイツの声が、視線が、瞳が、銀髪も、天パも、何もかもがムカつく。ムカつくのと同じくらい、やっぱり好きだとも思う。俺ばっかりが感じさせられているなんて悔しい。俺ばっかりがコイツを好きで、俺ばっかりが意識してる。好きなのは俺だけだからソレは今更の話だ。とやかく言っても仕方ねぇが、
「ヤってる最中に考えごと? 随分と余裕あるじゃねーか」
押し挿っていた腰を、引かれる。浅く繋がると、粘膜が勝手に逃がすまいと絡みつき、出ていきそうな奴のモノの形を感じさせる。
「ぅっ、うるせぇ……てめぇのヌルいテクじゃ感じねーんだよ。眠らねぇだけ、感謝しやがれ」
強がって、悪し様に口角を上げながら捨て台詞を吐いた。
「ふーん?」
万事屋は嫌な笑みを浮かべると、挑むように強く再び腰を突き入れた。あ、奥まで、奥まで入って、くる。息を飲んでその衝撃に耐える。シーツを握る指が白じんだ。
「ホント土方くんは名器だよなァ。俺のチンコに絡み付いてくるし。奥までハメられんの嬉しい?」
「てッ、てめぇは、エロおやじかっ!?」
「エロいのはお前だろ。こんな身体で、真撰組の男所帯なんかに住んでて大丈夫なの?」
身体を折り曲げて、軽く口付けしてくる。俺はそれを素直に受け取った。
もう何度したか判別しきれないが、万事屋とのキスは嫌いじゃない。本当はこういうときにキスするも初めての経験だったが、万事屋にソレを言うのは格好がつかないから黙ったままにしている。
「はっ……俺みてェにガタイのいい野郎を抱く物好きなんざ、テメェぐらいだろ」
「ホント分かってねぇなー、土方は。まぁ、そこが……お前の、良いとこでも、あるんだけどっ」
「っう、んん……っは、っぁ」
育ちまくった万事屋のカタいのが弱いところを掠めて、背を布団から反らして快感に酔う。そのせいで奴の腹に俺のモノが擦られて「ああっ!んんっ!」と今まで耐えていた声を許してしまった。それに気を良くしたのか奴は激しい律動を始める。
「はっ……ッ、土方、ひじかた……!」
「はぁ…ん、や、早いぃ……そんな、つかないで、ッ」
「だめ、もう止まんねー、から……ッ」
「っぁあ、あ、よろずや……!」
もう堪えることができない。漏れる声に顔を紅潮させながら、もうすぐくる絶頂の予感に、シーツを皺になるぐらい掴んだ。
……結局奴の思い通りに声を上げてしまったことを悔しく思う余裕もないままで、欲望に流されている。
俺はお互いの腹の間に果て、その衝動で締まったナカにドクリと万事屋の拍動を感じると同時に熱い迸りを感じて、ふっと安堵の吐息を漏らした。
お互いに短く浅い息を弾ませながら、布団に転がる。
……奴のモノがなくなってもまだナカに入ってるみてぇな感覚にも、慣れてきた。
しかし、万事屋がこうした関係を続けていることが意外だった。
上手く言えないが、万事屋には固執やしがらみなんて似合わない、特定の相手を作ったりもしない、そんなイメージがあった。
最初の夜は酔いに任せて俺から誘いかけたのだが、それから後は万事屋から誘われるばかりだ。
まぁ、万事屋の場合金もないからソウイウ店に行くわけにもいかないんだろう。
俺が相手なら孕む心配もなければ、ムードやら口説き文句やらに気を遣う必要もない。女より頑丈に出来てるぶん、好きなだけ突っ込めるし加減も必要ない。
────適当にセックスしても壊れない上、後腐れもない。都合の良い相手だって、それだけの話だろうな。
期待しそうになる単純な自分を嘲笑いながら、布団の横に置きっぱなしになってる煙草とライターに手をやった。だが手繰り寄せようとした手に万事屋の手が覆いかぶさり、指ごと絡めると布団へと引き戻される。
「おい」
「煙草なんかよりいいモンあげるから」
塞がれた唇。すぐに差し込まれた舌が絡んできて、淫靡な水音を立てる。
こいつもホントにキスが上手いし、好きだよな。思わず微笑むと抵抗することなく目を閉じた。舌を合わせ、ちゅうと音を立てながら吸われると俺の落ち着いたはずのモノがピクリと反応する。これ以上したら、明日の仕事に差し障る。名残惜しい気持ちを押し殺して、万事屋の胸を押し返した。
「明日は仕事だ」
俺は気持ちを微塵も感じさせずに睨み上げると身体を起こした。尻から万事屋が放った白濁液がトロリと流れ出し、あっと思った時には白いシーツに浸み込んでいく。
「大丈夫かよ」
「洗濯すりゃなんとかなんだろ」
「え? いや布団の話なんか、」
「先、風呂借りるぞ」
勝手知ったる万事屋の風呂に足を向けた。
「なぁ、たまには一緒に入らねェ? 綺麗にしてやるよ」
ニコリと笑って冗談か本気なのか分からないことを言ってくるもんだから、鼻で笑ってやった。
「いらねぇよ」
ちぇっ、ツレねぇなぁ。不貞腐れた声を出して再び布団へと倒れ込んだ万事屋に、俺は思わず顔がにやけそうになる。ばれないようにすぐに背を向けると、風呂場に向かった。シャワーのコックを捻ると冷たい水が降り注ぐ。俺は頭だけを突っ込んで浮かれた意識を引き締めた。やがて温まっていく温水に全身を濡らした。
女より、男の方がいいという者も少なくないという。
そういえば、真撰組の中でも山野は俺から見ても愛嬌のある可愛らしい顔をしていると思う。総悟だって、見た目だけなら間違いなく美少年だ。
田越はカッコイイ感じの男で、女ならまだ良いけど男からも声を掛けられるんだと愚痴っていたし、楠は小柄で女のような声をしている為に女に間違われることが多いらしい。
そういう、若くて線が細く中性的な男ならまぁ分からなくもない。だが、俺の年は既に二十も後半だ。声も低い。全く可愛らしくなんてない。女と見まごう箇所なんか一つもない。それなのに何故、万事屋は俺を抱いてるんだろう。
目の前の鏡に映る自分の身体を見る。近藤さんほど厚い身体じゃねェが、筋肉も程よくついてるし、刀傷があちこちに白くうっすらと残ってる。胸なんかあるわけもない。
こんな堅いだけの身体は抱きにくいだろうなと、他人事のように思う。考えに耽るうちに、ガラスはどんどん湯気で曇っていく。俺の身体も輪郭も、白く煙って詳細なことが分からなくなっていった。
万事屋の視界もこうだったらいい。そうすれば、現に返って興醒めされる心配もなくなるだろう。汚くて女々しい自分の考えを振り払うように、強く目を閉じた。
***
妙法寺に、幕府転覆を目論む攘夷志士の姿有り。
監察方の報告で俺が指揮を取り、妙法寺を張ることになった。
快楽にハマり、都合よく抱ける俺を手放したくないと、万事屋からそんな風に思われていても構わない。している時だけでも、万事屋があんな風に甘い声で、焦げつきそうなほど熱い目で俺を見るなら、虚しさも忘れられると割り切っていた。
妙法寺で、あんなにも醜く、浅ましいものを見せられることになろうとは、この時の俺は想像もしていなかった。
隊服では目立つ上に、奴さんも尻尾を見せちゃくれないだろう。いつもとは違う淡い蒼の着物に紺の袴、銀縁の華奢な眼鏡をかけている。山崎と二人で、住職の説法を聞きに拝殿の中で腰を降ろしていた。
「テメェは楽でいいな。地味だから変装しなくてもいいんだからよ」
「あの、それって全く褒めてませんよね」
小声でぶつくさ言ってる山崎はいつも非番の時に見かける私服と同じ袴姿だ。時間にはまだ早いせいか住職は姿を見せておらず、世間話に華を咲かせる市井の声で、俺と山崎の会話はほとんど掻き消されている。
「でも、この寺やっぱりなんか変ですよ。気付きませんか?」
「……変?」
視線を目の前の大きな観音菩薩像に固定したまま、俺が尋ねると山崎が殊更に潜めた声で応える。
「ここの僧侶、美男子ばかりじゃないですか?」
チラチラと周りに視線を走らせる。……美男子か。言われてみればそんな気もするな。
本来なら信仰心と顔の出来は関係ないだろう。だが気になって観察すると、幾つか疑問点が見つかる。ここへ居並んでいる信仰者は、皆が上等な着物を身に纏った年長男ばかりだ。他人を敬い慈しむ心を持っているにしては悪人面ばかりで、身なりは裕福だが、欲をもった視線で世話係の美男子、つまり僧侶を眺め回している気がした。
「おい、こいつは」
「裏で資金を稼いでいるんじゃないでしょうか」
「……陰間か」
「知ってれば連れてくるのをやめたんですけど、仕方ないですね。副長はそういうところ初心っていうか純粋だから、変な輩に目を付けられそうで」
「オイぶん殴られてェのか。誰が初心で純粋だコラ!俺ァ鬼の、」
「シーーーーッ!!声が大きいですよ!」
生意気にも大きなため息をつく山崎。屯所に帰ったらミントンへし折ってやると決意した時、奥の入り口から紫色の袈裟を被った男が現れた。住職と呼ぶにはまだ若い。30前後といった所だろう。
今まで騒がしかった拝殿が水を打ったように、シンと静まり返る。
「皆さま、よくぞお参り下さいました」
住職が手を合わせて一礼すれば、皆が頭を下げる。
その時、住職と視線が合った。慌てて頭を下げれば、穏やかに笑み返される。その笑顔に、何故か居心地が悪くなった。
経の読み上げ、説法、礼と一般の寺社と同じ流れをやり過ごし、各々が解散していく。何も起こらなかったことに張り詰めていた緊張が弛み、溜息を零す。立ち上がり外へと出ようとした時、背後から若い1人の僧侶が俺の肩を叩いてきた。振り返れば中性的な、未だ成人もしていないようにも見える男がニコリと微笑んで、柔和な声で告げる。
「こちらへどうぞ」
趣旨の分からない誘いだったが、不自然に抵抗するより頷くのが正解だと判断して従った。
先刻まで隣で肩を並べていた山崎は静かに他人を装い、俺のことなど知らぬ存ぜぬといった風で離れていく。
それでも口元が「あとで」と動いたのは確認済みだ。監察業務はアイツほど得手じゃないが、仕方なく俺がエサになることを承諾した。
拝殿を抜け、連れられてきたのは本殿の横に佇む小さな堂だった。観光向けではないのか、目立つ案内板があるわけでもない。中には菩薩像が奉られ、地下へと続く階段が見えた。
俺を先導する若い男は、灯りも持たずに闇へと続く階段を降り始めた。
「この先は真っ暗です。手すりをお持ちくださいね」
真っ暗と言われ少し怯んだが、息を飲んで先へと進む。
言葉通り、全く光のない通路だった。狭く、真っ暗な視界の中、足を進める。
先に歩いているはずの僧侶も何事も発さない。まだ着かないらしい。ひんやりとした空気が頬を掠める。
視界を奪われたというだけで五感が研ぎ澄まされていく。どれだけ歩き進んだか、不意に一筋の赤い光が漏れ出ているのが見えた。
「さあ、こちらに」
そこは赤い提灯が転々と灯されている。かつて地下に閉ざされていた吉原を思い起こさせる場所だった。治外法権の言葉が脳裏を過る。
格子窓の部屋がいくつも並んでいて、開いている部屋が空き室だということなのだろう。床には赤い敷物に小さな行灯。そこに厚みのある布団が用意されているだけの部屋だ。山崎の予想は当たっているのかもしれない。吉原と違い、この堂内に居るのは誰もが男ばかりだった。俺を連れてきた男が欲に濡れた瞳で俺に擦りより、一室へと誘う。
「……ねえ、奥が疼くんです。可愛がってください」
まさか男を抱く側になるとは思わなかった。
中へと押しやられると若い僧侶は勢いよく襖を閉め、腰紐をあっという間に解くと襲ってきた。そう、襲う勢いだった。部屋に焚きしめられた香が、僧侶を発情させているようだ。
「いやいやいやいや、ちょっ、ちょっと落ち着けっ」
あまりの勢いに俺は引いた。元からその気でもない。いくらキレイな顔をしていて中性的だと言っても、こんなイケイケでしがみ付いてくるようなのは俺の趣味じゃない。俺が好きな相手は、アイツだけだ。
「焦らすのが手管なの? してッ、早く触ってぇ……!」
はぁはぁとすでに息を荒げ、準備万端な男は、表で見せていた微笑みもなくしていた。中性的で一般的に見てカワイイ顔をしていた男が息を荒くして、ギラギラと欲に飢えている。腰をもどかしく揺らし、俺にあらぬモノをぐりぐり擦りつけてくる。
抱いてほしいなんて、女のように強請ってくるソレは、浅ましく、気色が悪く、見るに耐えない、汚い男の姿だった。
────こ、こんなもん抱けるわけねーだろ! つーか触られたくもねーよ!
襲われる恐怖で鳥肌がたち、俺は無意識に男の頚椎に手刀を落としていた。まだ年若い男はそのまま昏倒し、床にうつ伏せに転がる。
慎重に、気絶した男の下から這い出した。思わず安堵の息をつく。
……意識がなくなってみればやはりカワイイ顔した10代の少年だ。ソノ手の趣味の男に好かれそうだと、他人事のように、半分うんざりしながら思う。
それにしても、この異常性はクスリの可能性がある。腕を調べたが注射痕はない。
だが、この部屋には微かに阿片の香りがする気がした。
寺の地下に陰間茶屋、そのうえ相手をする若い男は麻薬漬けなんて。仏の胎内で阿漕な商売しようとは罰当たりなことを考える奴が居たもんだ。
その資金が攘夷志士に流れているのだとしたら、この寺も同罪だろう。証拠を掴むべく、俺は少しだけ閉められた襖を開いた。
そして見てしまった。
────汚い欲で塗れた男共の饗宴を。俺は目を閉じることも襖を閉めることも出来ずに、身体を凍らせた。
「……んだ、これ」
醜い。
頭の中をその思いだけが満たし、胸からこみ上げる吐き気を堪えた。
俺を襲ってきたのと同じような年頃だろう。まだ若い男は腰帯をほどかれて、提灯の灯で染められた肌を露にしていた。朱に染められた柱に縋りつき、尻を突き出して他人の目も気にせず嬌声をあげる。身も世もなく善がり声を上げている。
後ろに立つ男は青年の腰を掴み、激しく腰を振り動かしていたのだ。少年の着物は腕に残されたのみだ。男は腰紐だけ解き、開かれた着物から少したるんだ腹がこれもまた朱く染められている。
むき出しの青年の尻からは男の赤黒いモノが濡れ光りながら出入りし、卑猥な水音を立てている。男の漏れる息遣い、青年の甘く鳴いてみせる声。醜いと思った。汚らしい、と思った。
キレイなはずの僧侶の少年が、欲の衝動に合わせて自分のモノを擦りたて、嬌声を放ちながら絶頂する。腰をくねらせる姿も、足をくの字に曲げながら口角を引き上げ、卑猥に言葉を投げかけ、背中に這わす舌も、青年に突っ込む男の荒い息も、全てが蛙のように滑稽に見えた。
こみ上げてきた怖気に我に戻り、俺は襖に背を預け、その場へずるずると蹲った。
江戸に来たばかりの頃、付き合いで商売女とセックスした時だって、ロマンチックな幻想を打ち壊すリアルなものを感じた。女とする時もあまり局部を見ないようにしていたかもしれない。
思い出すのは、俺自身の情けない姿だった。俺もあんな風に足を広げて、甘ったるい視線を向けていたのか。俺は万事屋の前でどんな姿を曝していたのだろう。あいつはどう思って俺を抱いていたのだろう。あんな姿を曝して、焦らされて腰を振ったこともある。居た堪れない。なにをやってんだ俺は。
知らなければ良かった、テメー自身の醜態なんか。俺がしている行為を客観的に見せつけられたような気がして、それは襖の向こうの光景よりもよっぽど深く自尊心を抉ってみせた。
考えさせられたくなかった。気付かされたくもなかった。酒の勢いを使って曖昧に誤魔化していたものを、まざまざと突きつけられた。
その場に居るのも気色が悪くなり、行為の場面なんかほとんど検分すらしないまま俺は茶屋から出てきてしまった。
その後、件の陰間茶屋は山崎率いる監察の働きで阿片を押収した。違法薬物の売買で甘い汁を吸っていた住職は勿論のこと、寺自体の取り潰しが決定している。
ただ、あの時青年を抱いていた男が何奴だったのかは特定できないまま一件の幕が閉じてしまった。
あの寺を利用していた者の中に上層部の幕臣も居たようで、それが尾を引き、出すぎた真似をと真選組を嫌みたらしく圧迫してきている。
七面倒くさい状況だが、こちらに非はない。元を辿れば攘夷志士への資金流用の疑いというのが名目の討ち入りだ。いくら吠えられたところでお咎めはないだろう。
報告書に纏めて捺印する。これを松平のとっつぁんの所へ届ければ終了だ。
「トシ、登庁なら俺も一緒に行くぞ」
「大丈夫だ、近藤さん。気を遣わせてすまねェな」
「それは俺のセリフだよ。いつもお前を矢面に立たせちまってるようで俺は……とっつぁんには先に連絡しといたからな! トシは悪くないから叱らないでくれって!」
「おいおい、近藤さん……なんだそりゃ。俺ぁガキじゃねェんだぜ?」
まあ、とっつぁんにまで小言を言われるのは勘弁してもらいてェな。苦笑いを浮かべながら腰を上げた。
***
あの一件があって以来、俺は万事屋と会うのを避けていた。
かぶき町は俺の巡回ルートから意図的に外し、俺以外の隊長職に振っている。事務処理や仕事の為にと出張を入れ、もちろん俺からアイツに連絡することもない。
あの一件の後でも、俺が万事屋を想う気持ちは変わらなかった。今でも惚れているし、万事屋のことは醜いとも汚いとも思わない。……醜いのは、俺自身だ。
快楽に酔った俺は欲情しきって、汚らわしく醜いだろう。柔らかくもない身体をくねらせて、腰を振って、理性なんて捨て置いて男を求めているんだろう。想像しただけで吐き気がする。苦々しく煙草を噛み潰す。
茶屋の廓であんな光景を見なければ苦しむことはなかった。現実から目を逸らしたまま夢心地でいられたというのに。麻薬のようだ。夢から醒めた今、万事屋の顔なんか見られそうになかった。だから避けていた。
登庁を終えて(とっつぁんに小言を言われたりもしなかった)、今はパトカーで屯所への帰路に着いている。
そろそろ、俺が万事屋との逢瀬を断って1ヶ月と何週間が経つ頃だろう。『逢瀬』なんて言い方をしたのは奴に惚れてる俺の主観でしかない。実際には、今更なにか言うまでもなく『酔っ払ってセックスするだけ』の関係だったが、それでも少しは訝しく思われていたりするだろうか。
今までも(主に俺の都合で)逢瀬が1ヶ月やそこら空くことはあったが、奴と全く顔を合わせないなんて初めてのことだった。
……顔を見なくなったところで、俺が万事屋のことを考えているのは変わらない。さっさと諦めて忘れちまいてェのに、未練たらしいったらねェ。
つーか、どうせ屯所に帰っても総悟に嫌がらせされるか山崎に仕事しすぎだと小言を言われるかだ。面倒くさいセットだ。とっつぁんをパスしたって屯所には山崎が居る。
アイツがこないだの一件を律儀に気にしていて、山崎のくせに俺をかぶき町へ行かせようとしてるのもムカつく。アイツはチェリーだから、どうせ俺と万事屋の関係についても恋人同士か何かだと誤解してるんだろう。そうだったらどんなに良いか知れないが、恋人だったとしたら俺は万事屋に面と向かって別れを告げなくちゃならねぇから、こうして音信不通になっても万事屋を困らせないだけマシかもしれねぇな。俺みてぇな奴を何度も抱いてた万事屋のことだから、今はとっくに他に都合の良い相手かいるか、本当に本命の恋人でも出来たかもしれない。……万事屋に好きな相手がいるのか、どんな相手が好みだったのか、俺はそんなことも知らなかった。
考えるだけで鬱々としてくる。屯所に真っ直ぐ帰る気も起こらないから気分転換に窓を開け、煙草を咥える。
ライターを取り出そうとした時、目の前に突然ぬっと手が伸びてきて、咥えたばかりの煙草が抜き取られた。
「うわォォわァァァ?!」
俺は決してビビった訳じゃないがびっくりしてハンドルを大回してしまい、大通りだったもんで、反対車線を走っていた車にクラクションを鳴らされながら慌てて元の車線に戻る。
心臓がバクバクして口から飛び出そうになりながら、俺は車を端に寄せて停車した。
ゼェゼェと荒くなった息の傍ら、のほほんと焦りもせずに奪い取った煙草を口にしているのは
「あっぶねェだろうがッ!! この腐れ天パぁっ!!」
銀髪のソイツ。俺は避けていたことなんか全部忘れて飛び出し、息も切れ切れのまま怒鳴っていた。
「土方くんさぁ、なんで俺のこと避けてんの?」
俺の激情とは正反対に万事屋は冷静で、その冷静さに俺は意気を削がれ、息を飲んだ。
万事屋は怒鳴りもしない。ちょっとコンビニ行くわ、くらいのテンションで聞いてきたから、怒っているのかも分からない。
「もう俺と居るのは飽きたか? それか俺が嫌になった? 俺よりもっと金持ちで、アッチの具合もイイ男見つけたとか? それか女が出来たの? 彼女ってやつ?」
饒舌に質問攻めをする万事屋は俺の顔を見ることなく、何を見ているでもなく言葉を続ける。誤魔化なしの直球に俺は取り繕うことも嘘もつけずに首を振った。
「……違ぇよ。そういうんじゃ、ねぇし……女も居ねェ」
俺自身が俺の汚さに気付いちまっただけだ。それに耐えられなくなっただけの話だ。万事屋に非は何もない。金持ちの男なんて、俺がそんな奴に惚れたりするわけがない。万事屋に惚れてるのは変わらない。
「……だったらよォ」
「悪ぃな。もう……俺は無理なんだ。テメェは悪くねェよ」
「………」
「……ッ」
五指にグッと力を込めて握り込む。万事屋の視線が痛い。逃げるように視線を逸らした。心臓も痛い。こんなに心はコイツを求めているのに、もうあんなことは出来ない。万事屋からしたら俺はセックスできて金もある都合の良い相手だっただろうが、好きだからこそ、もうあの男共のように欲塗れで汚い俺の姿なんか見せたくなかった。
だが、そのどれも言うわけにはいかない。俺が黙っていると、握っていた手を急に強く引かれて、身体が傾いた。
驚きで目を見開けば万事屋の紅い瞳が目の前にあって、片手が頬を撫でる。頭の後ろに、もう片方の手が回された。そのまま合わさった唇。久しぶりのキスだった。途端にざわざわと今まで感じたことのない感覚が湧き上がり、鳥肌が立った。
「んっんんんっ!!」
いやだ。
いやだっ!
やめてくれ!
そう言おうとしたが、抗議の声すら万事屋は飲み込んでしまう。
突き放そうと暴れるが、万事屋の身体はびくともしなかった。
いやだ。お前に見られたくない。
────惚れてるからこそ、嫌なんだっ!
俺が拒絶してるのなんかとっくに分かっている筈なのに、万事屋は唇を付けたまま離さなかった。
俺はどうしていいか分からない。万事屋が好きだ。好きだからこそ今になってキスなんかされて喜んじまう自分もいて、そんな俺自身に嫌悪が募る。混濁した思考のせいか目元が熱くなり、ぽたぽたと溢れるものを感じた。
涙は頬を伝い、やがて口元まで辿りつく。塩辛い味が広がったんだろう。塞がっていた唇がようやく離れる。
万事屋は無理やりキスしてきたくせして、自分の方が辛そうにこちらを見ていた。
「……なぁ。なんか俺が、お前にひでぇことしたとか嫌なこと言ったとか? 教えてくれねェの?」
切ない声に良心を締め付けられて苦しい。万事屋まで苦しそうな顔をしている。こんな顔をさせたいわけじゃなかった。
「……ちげェよ。テメェは悪くねェから、何もしなくて良い。手切れ金なら言い値で」
「誰もンなこと言ってねェだろうが!! 俺は部外者で無関係だってか? 散々振り回しといて……ふざけんじゃねーよ」
万事屋は一瞥もくれずにスクーターに跨り、制限速度も無視して走り去っていった。
俺は止めることも出来ず、ただ行き場のない苛立ちに舌打ちした。後味も悪い。ぐずぐずした幕切れだ。最悪の気分だ。蟠りが腹の底に渦巻いている。
もう俺は、万事屋と肌を合わせるなんて出来ないんだから、身体の関係は無くなる。つまりセックス出来ないんだから、終わるのは当然のことだ。
……当然の、ことだ。分かっているのに、未だ締め付けてくる胸の痛みに車を発進することなく、運転席で煙草を吸い直した。
それを邪魔してくる手も、吸いすぎだと注意する声も、「口寂しいんだろ?」と冗談めかしてキスをされることも、二度となくなった。勝手な都合で突き放したのは俺の方だ。俺が望んでやったことだから、もっと清々した気分になってくれねェと困る。
よく知ってる味だっていうのに苦ったらしく、そのうえ煙が目に沁みて仕方なかった。