「俺だってニコチンマヨラーとハグとか別にしたかねーけど? でも仕方ねーよ、銀さん疲れちゃったから。こんなもん同じ副長のオメーに癒してもらうしかねぇよ」
部下に強要したらパワハラ上司になっちまうしよォ。同じ役職に就いている銀髪の男はそのように述べると、土方の腕を取った。引き寄せられ、有無も言わせず抱きしめられる。身動きが取れない中で、土方は己の顔を見られなくて良かったと心底から安堵した。
△▼△▼
万事屋が期間限定で真選組の臨時隊士になって一週間が経つ。
斬り込み隊長である沖田総悟が風邪をひいて寝込んでいるなんて、真選組内部の格好悪い事情を酔ってウッカリ男に零してしまったが最後、だったら俺が行ってやろうかと(思い返してみれば不自然すぎる)親切心を見せられ、お前の力になってみせるからと無駄にキリッと男前な顔をされ「なぁ土方」と熱っぽく燃える瞳の色を眼前に突きつけられ、とうとう頷いてしまった。惚れた弱みというべきか、完全に絆されている。
実際のところは金欠に陥った万事屋が依頼金の為に──つまり報酬目当てで【真選組副長】に営業をかけてきただけなのだと──翌朝の幹部会議での太々しい態度を見て腹が立つほど思い知らされた。
昨日の晩、二人で梯子酒をして肩を組みながら歩いた友好度アップイベントは単なる見せかけ。まやかしだったわけだ。……別に、ガッカリなんてしてねェし。
人手の少ない組の状況を局長の近藤勲もよく分かっていて、腕の立つ銀時が来てくれるなら心強い、出来る限りの援助をしよう、いやぁ助かった!と人の良さを発揮してみせた。
銀時はすっかり畳へ胡座をかくと、じゃあ俺は土方くんと一緒にやるから。俺も副長ってことでよろしく〜、と真意の読み難い胡乱な瞳をして宣言した。腹が立つけれど、局長を始めとした隊長格の奴らや、平の隊士にしたって銀時を慕う者や銀時を見知っている者がいることも事実。土方は一部始終ひたすら無言を貫くことで肯定とし、会議は終了した。
一足遅く副長室に戻ってきた銀時はすっかり隊服を着こなしていて、少しばかり落ち着かない。
「どーよコレ。似合う? ちっと腰回りが窮屈な感じするんだけどよ、これ以上デカくするとだらしねぇと思って」
──それは俺の隊服と同じサイズだ。言うのは憚られた。負けた気がするからである。
銀時はガタイがいい。自分と比べても身長は然程変わらないように思うのだが、体格の違いとでも言うべきか、それは土方が密かに気にしているコンプレックスだった。
周りからしてみれば銀時と土方は身長も体格も変わらず、ほとんど同じだろうと思われるかもしれないが、それは傍目にザッと見た時の話だ。
土方は姿見で己の身体を見たことがあるし、ふとした時に目に入る銀時の身体を意識したことが幾度もあった。
肉が付きにくく締まっている土方と違い、銀時は腰のあたりが安定して、どっしりとしている。尻などは「窮屈な感じ」と称したボトムに詰まってパンパンに張っている。腰の周りに肉が付いているからと言って銀時は太っているわけではない。むしろ、そこに肉が付いているといないとでは、いざという時の踏ん張りや腰の落ち着き、体幹のブレない姿勢にも関わってくるのだ。
意外と着痩せするタイプだということもサウナや銭湯で鉢合わせした時に裸を見て知っている。至近距離で眺めると感慨もまたひとしおだ。土方だって日々の鍛錬は欠かすことなく行なっている。しかし、銀時のそれと比べると筋肉の付き方が違うように見える。太ももだって銀時の方が筋肉質に見える。強靭でしなやかな筋肉だ。仕上げられた身体を見るほど、悔しいような羨ましいような複雑な気持ちになった。武士は身体が資本である。土方よりも銀時の方が鍛錬しているとでも言うのか。いや、絶対にそんな筈はないのだ。銀時は日がなジャンプを読み耽っているか昼寝をしているか団子を食っていると従業員の少年から聞くし、実際そういう光景は土方自身にも心当たりがある。
「………」
「いやでも、やっぱコレは俺のガラじゃねぇかもな……オメーが着てるからこそグッとくるよ」
「そ、な……こたぁ、ねぇだろ。悪かねぇ。……キツイなら、近藤さんか原田のサイズがあるから持ってきてやろうか」
「いやお前、さっきから俺の靴下と会話してるからね? ちゃんと俺を見て喋ってくんね?」
せっかく副長になったのに意味ねぇだろうがと銀時は言った。視線を合わせれば閉じられた部屋の中、やけに緊張する。
「……よろず、…いや、……アー、坂田」
「! お、おお……いいんじゃねーの? 土方くん」
「ん、……それで、アレだ、サイズが合わねぇのか」
「合わねぇとは言ってねぇよ。着るならコレが良い。見たとこ土方と一緒のサイズみてぇだし」
「! そ、そう、か」
「でもなんか土方が着てる方が足が長く見えるんだけど。お前の方がスラッと着こなしてるように見えるんだけど。何これ、髪質ストレートの上に足も長いとかお前ズルくね?」
「っ、バカ言ってんじゃねーよ。悪ィがテメェに貸す部屋に余裕がねぇんだ、大部屋で他の隊士と寝泊まりしてもらうからな」
「へいへい、分かりました〜」
その日は内勤だったので、銀時とは別行動である。銀時が何かしでかすのではと冷や冷やしたが、つつがなく業務は終了した。土方は早めに湯浴みを済ませて、銀時のことはあまり意識しないようにしていたのだが敢えなく希望は潰えた。日付も変わる頃、襖を開けて入ってきたのは月明かりも映える銀髪の男である。
「土方くん、まだ起きてる?」
「……あんだよ。俺には構わなくていいぞ」
「別に邪魔しに来たわけじゃねーよ。そうじゃなくて、あの部屋の奴らウルセェんだもん。俺に土方の話ばっかしてくるんだけど。ナニ、土方副長について語る部屋でも作ってんの?」
「あんだよそれ。知るか。……嫌われてんのは自覚してるからな、テメェは人当たりも悪くねぇし、アイツらも愚痴くらい言いたくなったんじゃねーのか」
「……嫌われてるっつーか、まあ。とりあえず気ィ張っといた方が良いんじゃね?」
「………。わざわざご忠告、御苦労なことだな。気が済んだなら戻れ」
「まだ話は終わってねーよ。ずっとそんなことやってたらストレスが溜まって疲れるだろ? 俺も慣れねぇ公務で疲れちまったし」
ストレス解消にはハグすると良いってテレビで見たんだよ。だから付き合ってくんね?
昼間と然程も変わらないユルい宣言。
「俺だってニコチンマヨラーとハグとか別にしたかねーけど? でも仕方ねーよ、銀さん疲れちゃったから。こんなもん同じ副長のオメーに癒してもらうしかねぇよ」
部下に強要したらパワハラ上司になっちまうしよォ。同じ『真選組副長』の役職に就いている銀髪の男はそのように述べると、土方の腕を取った。引き寄せられ、有無も言わせず抱きしめられる。身動きが取れない中で、土方は己の顔を見られなくて良かったと心底から安堵した。
そして、それこそが銀時の気まぐれの始まりでもあった。
△▼△▼
翌日も大して目立った事件は起こることなく、言うならばストーカーに出かけたまま帰って来ない局長、近藤の回収程度のものだ。これは日常のことすぎて事件に入らない。
駆り出された土方が半ばウンザリしながらすまいるから帰路に着いていると、これ見よがしに溜息をつく銀時が門前に立っていた。風呂や飯などは、とうに済ませた後らしい。
銀時はダラダラと文句を並べながら残りのデスクワークを片付ける土方の横へと腰を落とす。狭い文机に頬杖をつこうとするから邪魔だと退かしてやった。仄かに甘いのはシャンプーの香りか石鹸か、この男のものなのか──判別がつかないまま土方の身体は体温の高い銀時の腕の中へ導かれると、しっかり抱きしめられる。
「……今日さぁ、ここで寝てもいい? アイツら寝相悪くてよォ、昨日は頭引っ叩かれたんだぜ? そのせいか天パも酷くなるしよォ」
「……テメェの頭はひっ叩かれたくらいで変わりゃしねぇだろ」
「んだとぉ? 聞き捨てならねーなオイ」
「構わねーよ」
「えっ、……マジで?!」
「はは、自分で言っといてなんだそのマヌケヅラ。うるさくしたら出てって……庭の池に沈めてやる」
「いやなんで言い直したの? 明らかに悪意あったよね今」
「あーもう、ごちゃごちゃ喋りかけてくんな。印がズレるだろ」
「………。手伝ってやろうか」
「バカ言え、こいつは副長の、……あ」
「ん、そうだろ? 俺がやっとくからさ、土方くんは風呂に入って来いよ。お前さっきから香水臭ェし」
「……悪かったな」
テメェが抱きついてくるからだろうがと言いたい文句は言えない。喉につかえたようになって息が漏れるばかりだった。銀時が不機嫌だったのはそのせいらしい。
「言っとくが、俺はキャバクラで遊んだりなんかしてねェからな」
「知ってるよ」
「じゃあなんで突っかかってくんだよ」
「別にィ。香水臭ェって言っただけだろうが」
「……チッ」
これ以上を話しても意味を成さないだろう。土方は諦めて着替えを用意すると湯浴みへ向かった。
脱衣所に人の気配がなかったので予想していた通りだが浴場には誰もいないようだった。混雑すれば芋洗いのような状態になる洗い場を悠々と使い、これまた一人で湯船に浸かりながら、スンスンと身体の匂いをこっそり確認する。果たして石鹸の匂いがしてくるだけで、これなら文句を言われないだろうと安堵した。「臭い」なんて、惚れた相手に何度も言われたい言葉ではないから。
自分が入る時間帯には他の隊士とかち合わせることもなくいつも一人が多い。それを寂しいと思ったこともなくはないが、今だけは感謝した。こんな女々しいところを他の隊士に見られては示しがつかないではないか。
「おー、おかえり。あったまってきたか?」
「……おう。書類は、」
「もうゴリラに渡してきたよ。ジミーがそうしろって言ってたんだけど……大丈夫だった?」
「ああ。ご苦労」
「俺は何にもしてねーよ」
「なに言ってんだ。昼間、町で起きたケンカの仲裁に入ったんだろ?」
「ああ、そういやそうだったかもな。ケンカなんてするもんじゃねーよ。面倒くせぇし。よっぽど気に……ムカつく野郎相手じゃなきゃな」
「……そう、だな」
ツキン、と痛んだ胸中は気付かぬふりをした。風呂から上がっただというのに熱が冷めた心地がして土方は言葉に詰まる。
「んじゃ、寝るか」
「! いつの間に布団なんか持ってきたんだ」
「お前が風呂行ってる間に準備したんだよ。ついでに土方くんのも敷いてやったんだから、感謝しろコノヤロー」
「誰がするか。勝手にしたくせに……」
「とか言って寝てんじゃねーか。……眠ぃ? 疲れた?」
「……少しな」
「じゃあほら、じっとしとけ」
「! お、おい……っ」
あろうことか土方の布団に潜り込んできた銀時が、腹に腕を回す。密着した胸板同士が落ち着かず、カァッと熱が走った。スン、と嗅がれる気配がして首を竦める。
「ん……さっきよりずっと良い匂いしてんじゃねェか」
「ッ!……て、てめぇと……同じ、だろ」
「そうか……? ……いや、どうだろな。じっとしてみ?」
「ぁ……! も、もういい……ッ、のぼせるだろうがっ」
「のぼせるって。ここ風呂じゃねぇし副長室だけど。土方くんはお布団で逆上せるんですか〜?」
「う、うるせぇな……! と、とにかく熱いんだよっ、テメェはそっちに行け!」
「はいはい。……おやすみ、土方」
「……ああ、おやすみ」
大人しくとなりの布団へ潜りこんだ銀時にホッと息を吐き出した。これで安眠できそうだ。銀時に抱きしめられた感触を、体温を、耳元で優しく言われた初めての「おやすみ」を覚えているうちに眠ってしまおう。