アレ勃ちぬ

「…………」
 朝、万事屋の居間にて。土方十四郎は飲酒の余韻と眠気で朦朧とする視界を、窓から漏れ出る朝日に当ててクリアにした。
……ああ、昨晩は少しばかり飲み過ぎた。
 万事屋の家主────坂田銀時は、妖刀の一件以来やけに絡んでくるようになったと感じる。
 まさか『一生チビチビたかる』とやらを本気で実践するつもりなのだろうか。一生って。長すぎるから勘弁してほしいと、当時は思ったものだ。だが、佐々木異三郎の件で、坂田が土方家の墓参りになぞ行ったことを知った時、土方の胸を占めた感情は、勘弁してくれ、なんていう味気ないものではなくなっていた。
 
 
「なあ、俺ん家で一杯どうよ?」
 平穏を取り戻した日常の中で、それはもう文字通り気楽な誘いであった。その日の晩から明日の午後にかけて近藤に非番を取らされた土方にとって、悪くないタイミングでもあった。どういう風の吹き回しだ、と思わなくもなかったけれど、断る謂れもない。
せいぜい持てなせよ、なんて可愛いげの欠片もない────侍にそんなもの必要ないけれど────いらえを返した土方は、その夜『万事屋銀ちゃん』の玄関戸を引いた。それから先の記憶は、ぶっちゃけ曖昧だ。ただ、万事屋が作りすぎたからと前置きして出した煮物の味が中々美味かったことを覚えている。
 目の前のテーブルには空っぽの麦酒缶が一つ二つ、三つ四つ、五つ……面倒だ。とにかく何本も雑に倒れていた。土方が土産にと持ち寄った焼酎は、まだ半分程残っている。土方とて一升瓶を一晩で消化できるとは思っていなかった。お互い酒に強い方ではないし、余ることは承知の上だった。つまり、焼酎の残りは誘ってくれた礼代わりにでもしようと、そんな画策をしたのだ。

「……まだ寝てんのか」
 向かいのソファに寝ている家主、坂田銀時を見遣る。
招いた本人は居間のゴタゴタを全て綺麗に忘れ去り、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っているようだ。土方は少し眉を下げ、小さく溜め息をついた。
 その時、何となく定まりかねていた視線がある一点を捉えて、思わずぎょっと目を見張った。

────こここコイツ! た、勃ってやがる!

 俗に言う、朝勃ち。普段の、自分をおちょくってくるような顔からは少し想像しにくい穏やかな寝顔を見せながら下半身を膨らませているその光景は、何だかとても不釣合いなように思えた。かといって、坂田銀時という男にストイックな印象などは持ち合わせていない。ストイックどころかちゃらんぽらんな昼行燈だし、巨乳好きだと公言している。ナースだと更にイイだとか何とか。某お天気アナウンサーのファンだということも、土方の周りでは周知の事実であったからだ。

「ッ……」

 衣服の上からでも判るくらいに反応している膨らみに何故だか気恥ずかしさのようなものを覚え、土方は目を逸らした。こうしていても埒が空かない。とにかく起こさなければ。土方は寝起きの所為でもある低い声で呼びかける。

「オイ、万事屋。テメェ起きろ」

 肩を叩くが、反応はない。今度は肩を軽く掴んで揺さぶった。

「万事屋!」
「んぁ……?」

 瞼が小刻みに震え、ゆっくりと開く。現れた紅の瞳は焦点が合わせられていない。

「は、え…ひじかた? ……揺さぶんじゃねぇよ気持ち悪くなんだろうが。昨日のマヨネーズがリバースすんだろうが」
「テメェは食ってねェだろ!」
「いや、アレは衝撃映像だから。見てるだけで気持ち悪く……ん? え、あ」

 土方の声に意識が覚醒したらしい銀時は、もぞりとソファから身を起こそうとした。しかし、その途中で不自然に動きが止まる。
……どうやら自分の身体の状況に気づいたらしい。
 
 
「風呂貸せ。シャワー浴びてくらァ」
 そこは男同士のよしみだ。察しのついた土方は自分がこのまま部屋に居ては銀時が起き難いだろうと考え、席を外すことにする。
 気を利かせてやるつもりで立ち上がり、その場を去ろうとした土方の身体は、しかし立ち上がったところで不意につんのめった。

「ッ、な……!?」

 引っ張られた、そう理解した時、既に土方の身体はドサリと音を立てて床に倒れ込んでいた。反射的に目を瞑って衝撃に耐えた土方が、次に目を開けた時に見たのは、無表情に見下ろす銀時の顔で。

「なにしやがんだ、テメェ…? ……ッ!!」

 シュル、と着流しの帯を緩められる。両手を一纏めに抑えつけた後、するりと下肢の裾を割って入り込んできた片手に、土方はようやく銀時の意図に気がついた。

「おいっ、テメェ寝惚けてんのか!? 女じゃねェぞ俺ァ!」
「知ってるけど。土方くんだろ? ひじかたとーしろーくん」
「……し、仕事あんだよ、はなせ」
「ねェだろ。昨日やすみって言ってたじゃねーか。警察がウソついてんじゃねぇよ」

────オシゴトは夕方からだろ?
 ざらりとした熱っぽい声が鼓膜を撫でた。
『何でこんなこと!!』という土方の叫びは、手早く下着を脱がしにかかった銀時の耳には届かない。
 何故組み敷かれているのかも分からないまま、あっという間に下半身をあらわにされ、脚の間に入り込まれる。何も隠しようがない体勢に、土方は羞恥でカッと頬が熱くなるのを感じた。

「クソ、どういうつもりだ……!」
「………」

 銀時は何も答えない。何も言わぬまま、ぐり、と尻に押し付けられた硬い感触に、土方は息を呑んだ。

「土方……」
「……よ、万事屋…?」

 起き抜けで少し掠れた声。赤の瞳は、獲物を追いつめる獣のようだ。何故だとかどうしてだとか考える為の理性が、ぼんやりと煙っていくのが分かる。
 朝勃ちなんて一時的な、男の生理現象だ。特別ナニがあるわけでもない。厠に行けば収まるだろう。……そう思いながらも、目の前の、求めるようにギラつく瞳を前にして、何も言えなくなってしまう。
 両手を抑えつけていた銀時の左手が離れたが、土方は抵抗しなった。そのこと自体、この後の展開を物語っているようなものだ。
銀時は肩に引っ掛かった布を脱がせていく。真っ直ぐな視線に射貫かれ、自分のものまでトロリとぬめってくるのが土方自身にも分かった。決して朝の所為でないのだろう。
 
 
▷▷▷
 
 
「あ、っ……よ、ッ…ろずやぁ……!!」

 大きく弾みをつけながら内壁をかきまぜられ、結合部が悲鳴を上げるようにギチュギチュと鳴いた。決して乱暴ではないが突き立てるように体内へ抽挿を繰り返される土方の身体は、その度に引きつりながら揺れる。

「ぁ、あっ、ッん!」

 土方の両腕は力なく床の上に沈んでいる。銀時が律動を止め、床に沈んだ土方の両腕を自分の首に回させた。
……どうしてこんな、愛しい者にするようなことを自分にするのだろう。周りから犬猿の仲と評されるくらいに、自分と銀時は仲が悪かったはずだ。

「あっ! 万事、や……っん、あぅ、あっ、あぁ!!」

 それでも発情した身体は銀時から与えられる刺激に逐一反応し、息は乱れ、苦しかった筈が、最早何がなんだか分からなくなっていた。銀時はリズム良く律動を繰り返しながら、二つに折りたたんだ土方の脚を更に押し広げる。柔らかい土方の内腿を指の跡がつきそうなくらい強く広げて、ぎゅうぎゅうに締め付ける孔の更に奥まで入り込もうとした。

「やぁっ…! も、それ以上、入んね……っあ、うっ、うぅ、やっ……、もう、いっぱいだからっ……!」

 土方は涙を流し声を振り絞りながら言うが、聞き入れてくれる筈もない。好き勝手に腰を動かす男を睨もうと視線を上げても、実際のところ、泣く子も黙らせる土方の鋭い瞳は、善がる快楽にとろけてしまっていて何の効力もなかった。
 しかもそのせいで中の質量がぐんと増し、土方は余計に喘ぐ羽目になる。

「っあ、ん、ばか、……も、テメェ苦し、っ」
「……土方くんのせいだろ」
「は……? っ…あ、っあっあっあ! ぁああ……ッひィィ!」

 パンパンと音が鳴る程に肌をぶつけられながら抉られる前立腺。びりびりと痺れる。止まってと言っても無駄だ。堅い切っ先がびりびりするところを……気持ちいい気持ちいい。竿の奥が熱い。限界が刻刻と近付いてきていた。

「ああんんッ!! やだぁ…あァんっ! ああっ、あっあっ! よろずや、やめて……そこ、」
「止まんねーよ、んなエロい声で……!」

 始め貫いた時に比べ、土方の後孔は確実に従順になっていた。屹立からはとろとろと先走りが滴っている。鈴口に指先が当てられた。赤くテカるソコへ、くりゅ、と撫でるような動作で人差し指が滑る。

「や、ヤメ……、あぅっ!」

 ろくに触られなかったソコを刺激されて土方は思わず身体を捩ったが、銀時の指は蜜の滴る鈴口を逃がしてくれない。ぬめりを使ってくるくると円を描くように弄くられる。クチュクチュと鳴る卑猥な音に聴覚すらも犯されながら、土方は快感に震える腰を叱咤する。こみ上げてくる絶頂感を必死に訴えた。

「ううっあああ……アぁっ、よろ、いっちまっ、ぁあ、はっんん、はげしくしな、でぇ……ッあぅぅ! んああっ! イくっ、イっちまう、出るうッ……!」
「ハ…『銀時』、って、呼べよッ!」

 はっきりした声。銀時は土方の震えるそれを握り込むようにしながら激しく突き上げる。手の中でビクビクと痙攣する竿を扱いてやれば、たまらないとばかりに床につけた背を浮き上がらせた。

「ああっあァっ! ぎん……ぎ、ときっ、銀ときぃッ! イッちゃ、おれ、出ちまッ、…くうぅ! あ、あ、あはあアァ……っ!!」

 出しちまえよ、と胸中で呟きながら銀時は土方自身を強く扱き、隙間なく肉柱を咥えこんだ熱い媚肉を擦りあげる。ビクビクと腰を痙攣させる一点を何度も突き上げてやると、ひんひんとはしたない声で啼きながら土方が勢いよく白濁を吐き出した。

「は……ふ……」
 鍛えられた腹筋にぱたぱたと熱い液体が落ち、汗で湿った肌の上でドロリと筋になって流れていくのを、土方はとろけた視線で追いかける。

「ハァ……土方…土方…っ」
「ひぅ……!? んんっ、ん、やっ、も、動くなッ……! はぁっ、あ、ああ…ッ」

 射精したばかりで敏感になっている土方の身体を更に責め立てると、これまでにないほど腸壁がうねった。
感じすぎて抵抗もままならない土方の泣き声を聞いて尚、銀時は腰の動きを止めない。

「ふぁ、あ、あぅっ、銀時ぃ!」
「土方っ……」
「んぅ…っ、んむ、っんン゙……」

 唇が重ねられ、熱い舌が開いた咥内に滑り込んだ。一瞬だけビクリと身を竦ませた土方だったが、口啌中をかき回すような舌に力が抜けていく。唇の間からはクチュクチュと水音が漏れた。飲み込みきれない唾液が土方の頬を伝うが、不思議と不快感はなかった。

「クッ…土方、俺も、ッ」
「あっ、あっ、んああっ!」

 律動が早くなる。容赦なく腰を掴まれ、グチュン、グチュンと何度も突き上げられた。壊れてしまいそうだ。繋がったソコが熱い。銀時が喉奥から絞ったような声でグッと唸り、息を詰めた。
瞬間、土方の後孔からズポリと銀時の熱塊が引き抜かれる。ドクンと大きく震えた感触を、尻の奥ではなく腹筋の上に感じた。

「はぁッ……は、ァ」
「んっ…」

 どろりと、今度は自分のものでない白濁が肌の上を伝う。
土方は微かに身を震わせた。
不意に近づいてきた銀時の唇にキスをされるのだと気づき覚えず目を閉じた。しかし、一向に重なることがない。

「………?」

 不信を抱き目を開けると、信じられないものを見るような銀時の顔があった。

「どうした」
「……な、え、待ってコレ……ってことは俺、マジでお前に…!?」

 達した後で冷静になったらしい。とんだクズだ。
 銀時は土方の咥内をかき回した舌で、その唇で、何度もごめんと言った。
 謝るくらいならするな。
 俺はテメェとそんな仲になった覚えはねぇのに、何でいきなりあんなこと。
 流されておいて言えない文句は沢山あったが、それらはうまく声にならなかった。
 寛げられた下肢を元に戻し、銀時がつっと土方の身体から離れる。手近にティッシュはなく、銀時は自分の着流しの袖で土方の腹を拭った。性急だった行為と裏腹に、その手つきは労るように優しかった。

「好きだったんだよ、俺。土方のことが。ずっと」

 ごめん、ともう一度呟く。土方は己の耳を疑った。

「は……?」

 不意に告げられた告白に、ドキドキ胸を高鳴らせる訳でもなく、頬を朱に染めるでもなく、ただ銀時の瞳を見返した。
 身体を重ねた時には紅で炯炯としてすら見えた瞳が、今や泣き出しそうな色を湛えていた。
 
 
「万事屋」
「違うんだよ、我慢しようと思ってたんだよ。今日だって、つーか昨日か、俺、お前と酒飲めたらって、それだけだったんだ。なのに俺……」

────夢だと思っちまって。

「ゆめ…?」
「………だって、朝起きたら土方くんがいて、俺の名前呼んでて、なんか可愛いくて」

 気づいたら押し倒していた。欲で白く汚れた土方を見て、やけにスッキリした下半身を実感して、ようやく気づいた。これは現実なのだと。
 いつも自分を鋭く睨む土方の瞳は虚ろで、銀時はそんな土方の瞳を初めて見た。お前は過ちを犯したのだ、と焦点のあっていない瞳が言外に責め立ててくる錯覚を覚えた。
 土方は口をきいてくれないかもしれない。それどころか二度と顔も見せなくなってしまうのではないか────そこまで考えて、深い絶望感に襲われた。
 話し終え、銀時は下を向く。
 
 
「……悪ィ」
「ふざけんなよ」

 ふつふつ湧いて出てくるのは、犯されたことに対する屈辱でも、男の腕の中ではしたなく喘いだことに対する羞恥でもない。

「テメェは何に対して謝ってんだ。何を後悔してやがる」

 怒りだった。
好きだと告げたこと。キスしたこと。セックスしたこと。
それら全てを、銀時は悔いているのか、と。

「そ、れは」
「言ってみろや。あ? 野郎のケツに、テメーのもんぶち込んで、その上イっちまったことが気に食わねーのか!?」
「ンな訳ねーだろうが!! むしろ最高でした!!」
「だったら! ……夢がどうとか言ってんじゃねェよ。ンなこと言ってる暇があんならなぁ、さっさと抱きしめろクソ天パ!」

 ……寒ィんだよ、馬鹿野郎。
 言わないところまで汲み取ったのか、汲み取っていないのか「へ」と気の抜けた声。

「……ひじかた? それってその……怒ってねぇの? 殴ったりとか、」
「殴ってほしいのかよ」

 ブンブンと首を振る。それから恐る恐る土方の背中に腕を回した。先程までの情交が嘘のように穏やかな抱擁。互いの体温を分け合うような優しい仕草に、二人とも何も話さなかった。
やがて銀時が口を開く。その声は、どこか懺悔でもするような響きをしていた。

「引く手数多の副長さんが、こんな野郎に捕まったなんて知ったら、何人の女が泣くかしれねェな」
「……よく言うぜ。泣きそうな顔してたのはどこのどいつだよ」
「……うん。ありがとな、土方」

 へへ、と銀時が照れたように笑った気配がして、すぐに抱きしめられた。腰にまとわりつく着物の布は、きっと皺になってしまうだろう。でも今はそんなことどうでもよくなるくらいに、冷えた身体に銀時の体温が心地良かった。チュ、チュ、と頬に、おでこに、何度も触れるだけのキスを落とされる。

「万事屋、」
 小さく名前を呼ぶと、分かってますよと言わんばかりに顔を上向かされる。調子のいいヤツめ。ちゅ、と音を立てて触れ合い、離れて見つめ合ってまた唇を合わせる。土方は目を閉じた。リビングの部屋の片付けもシャワーも、ひとまず後回しにするのが大概のぼせている今の状態には丁度いい。されっぱなしも癪だから、今度は土方から唇を寄せてやった。