「んっ…」
唇と唇が重なって、やがて口腔内に滑り込んできた感触に大した抵抗をするより早く翻弄される。押し返そうと前に出した舌は先をチュウチュウ吸われて。
「んん、ふぅ……っ」
歯列の裏側をなぞられると、腰から下が甘く痺れた。意図せずとも熱が溜まっていく下半身に十四郎は堪らなくなって、自身を銀時の太腿に擦りつける。
衣服越しにも判るその硬さに、クスリと笑われる気配がした。
「ナニ、もう勃ててんの」
淫乱。
きっと質の悪い笑みを浮かべているに違いない。揶揄すような響きは普段の日常でもよく耳にするものだけれど、どこか遠くに感じた。
***
「…ナマ出ししやがって」
「別に良いだろうが。減るモンじゃねえし」
「テメェにされると確実に減るんだよ、俺の中の何かが!」
「…あーそうですか」
もう寝るわ。
皺になったベッドシーツの上に背を向けて寝転んだ銀髪は、不機嫌なのが見て取れる。
行為の後は一切こちらを見ようとしない男に期待をするのは、もうとっくにやめた事だ。それなのに一々心がかかる辺り、自分は余程このマダオにいかれてしまっているのだろうか。いやまさか、ンな訳あるか。都合のいい性欲処理、それだけだろう。
惚れこんでるなんて有り得ない夢想に笑いすら漏れた。
「なーに笑ってんですかァ?」
「っ!」
すぐ耳元で囁かれ、ビクリと肩が跳ねる。
「…別になんでもねえ。さっさと寝ろ」
いつからそこにいた。
文句を飲み込んで、土方は絞り出すようにそれだけ言った。
「なんでもなくねえだろ。…なに考えてんだよ」
なんの心算があるのか、やけに真面目な顔をして絡んでくる銀時の相手をするのは精神的にも肉体的にも疲弊した今の自分にとっては御免被りたい。
十四郎は一切無言でベッドから抜け出した。
ラブホテルの無駄に大きく柔らかいベッドはギシリとも音を立てない。
快適だろうに男は慌ただしく自分までそこから立ち上がった。
「ちょ、どこ行くんだよなんか言えって!」
「…どっかのクソ天パが中で出しやがったからシャワー浴びンだよ。付いてくんな」
「ちゃんと掻き出せんの?」
「ハア?」
「だから、俺のザーメン」
「下品だぞ。付いてくんな」
「今更だっつの。じゃあホラ、ここで突っ立ってるのもアレだし行くぞ」
「? 何所に」
「風呂だろ?」
「なッ……付いてくんなっつってんだろうが!」
激昂するが、当の銀時はどこ吹く風といった風だ。
「しょうがねーだろ。一人じゃ指、奥まで届かねェだろうし…出さねェと腹下すぜ」
「テメェにされるよりマシだ。構うんじゃねえ」
「構うわ! 俺の目覚めが悪いんだよッ」
「知るか! いいからほっとけ!」
半ば意地になって食い下がるが、銀時も譲らない。
二人して苛々し、二人して睨み合った。
「なあオイ」
「いい」
「良くねえ」
「…テメェには関係ねーだろ。俺の好きにさせろ」
「ヤだね。ああほら、もう目の前じゃねーか。ここまで来たらもうハラ決めるしかねえよな? それとも逃げるんですかァ? 鬼の副長ともあろうお方が」
「チッ…」
「はいはい睨まないのー」
「……っひ、」
「うわ、垂れてきてるじゃねえか…」
行為の残滓。生々しさからか露骨に目を背けた男に怒りが込み上げてくる。
誰のせいだと思ってんだ、ふざけんな。
一喝してやりたいと思うのに、何故だか声がうまく出ない。
秘所から垂れる生温い白濁が内股を伝い、やがて冷たくなっていくのを感じて。
その上、こんな情けない姿を銀時に見られしまっている。
何だってこんな目に遭わなきゃなんねェんだと居た堪れなさに目を伏せた。
「ボーッとしてんじゃねえよ」
「うわッ」
その時、強引に腕を引っ張られる。浴室に引っ張り込まれるのとほぼ同時に、温かいシャワーが床のタイルを濡らす。
「来いよ、洗ってやっから」
「いらね、」
「聞こえませーん」
いいから大人しくしとけって。
まるで気遣うような色を含んだ声。そんな事ある筈ないと分かっていても、拒絶するなんて結局出来やしないのだ。初めから分かっていたけれど。
「後ろ向けよ。壁に手ぇついて」
「…クソ」
「おお、イイねぇ土方くん。ピンクでくぱくぱしててエロい」
「黙れよっ」
身体がだるいから、この腕を振り払うのは難しいなと自分に言い訳をした。
「……なあ。コレ終わって、俺が寝たら帰るんだろ」
「当たり前だ」
「もう一回しねェ?」
「ああ? なんでそうなる、んああっ!」
「はい、イイトコみっけー。…逃げんなよ、腰」
「ひぃッ、やだぁ…」
「とか言って感じてんだろう、が!」
「っひ、あっあァ……!」
後処理はどこへ行ったのか、内壁のしこりを指の腹で押される。感覚神経が剥き出しになったようなソコをずりずりと擦られ甘い悲鳴が抑えられない。火がついたように竿の奥が熱くて、自分に触れる銀時の手も熱くて。きっと自分の体温も上がっている。
否、同じように熱くとも、自分の想いには銀時にはない甘さが存在しているのだろう。それは酷く無意味なモノに思えて──いやその通りなのだけれど──憂鬱で仕方がなかった。
「悪ィ、もう挿れてい……?」
「一々聞くな、バカ……」
銀時はくしゃりと十四郎の頭を撫ぜて、背中に何度も口づけを落とした。
憂鬱の元凶の甘さは消える事なく、寧ろ濃度を増した気さえする。それもこれも優しく触れてくる銀時のせいだ。もっと苦ければいっそ楽なのに。
壁に手をついた体勢の所為で、十四郎から銀時の顔を窺い知る事は出来ない。
それは相手も然りで、見られないのは好都合だ。
「あー…やっぱ座位かな」
「え? うわ、」
「ん、この方がいいな、座ってた方が楽だし。……顔も見えるし、よっ」
「う、ああっ!? あっ!あ…!」
腰を使われ、間欠的な甘い悲鳴が十四郎の唇から吐き出される。先端は腸内を抉り、歓喜に蠕動する粘膜をくまなく犯す。電流のように、脊髄を快感が走った。
自分が焦がれている男の肢体が、目の前に有る。銀時の身体は均整の取れた筋肉に覆われ、薄く滲む汗が浴室のライトを反射し、欲情を煽る。
このまま隠し通して夜明けを待つ事に何の感懐もなくなっている自分に気づいた時、心臓がツキリと痛むのを感じた。
「ッ」
──それが段々と嗚咽に変わるのに、そう時間はかからなかった。
「土方…っ」
「っく、うぅ……ッ」
「──土方? え、土方?! なんで泣いてんの?! 俺のチンコ痛かった?抜く?」
「クソッ、見んな! 見るんじゃねぇ…っ」
「いや見るね見まくってやるから! 大丈夫かよ、なあ……好きなあの子を泣かせるなんて今時のガキでもしねェっつの。……あ」
「…今、なんつった」
「え、あ…うわああやっちまったよコレ、どーすんだコレ! でも悪いのは土方だからね。コイツが可愛いすぎるのが悪ぃんだよ。だから俺は自分に素直になっていいと思います! アレ?作文? …って言ってる場合かァァァ!」
「よく分からねえがな」
とりあえず抜け。
低い声で命じると、銀時は間抜け面を晒した後、どこか決まり悪そうに自身を十四郎の後孔から引き抜いた。…未だ腹につくほど勃ちきった自身を。
「…ンでまだ勃ってんだよ」
「そんなんしょーがねーだろっ。お前に触ってんのに勃たない方が不自然だわ!ギンギンの方がよっぽどナチュラルなんだよ!」
「なに変態発言してんだエロ天パ!」
「エロ?! お前の方がよっぽどエロいわ! 毎回毎回色気垂れ流しやがって誘ってんのかコノヤロー」
「誘……ッ、ンなわけあるか! つか、」
「ああ?!」
「何だよこの会話」
十四郎がそう言うと、先刻の勢いはどこへやら、銀時は「う」と呻き黙った。視線を気まずそうにばしゃばしゃ泳がせて。溜め息の一つもつきたくなるというものだ。
「……ナチュラルだろうがアーティフィシャルだろうがどうだっていいから、言えっつの」
「……いや、お前が先に言えばいいんじゃね?」
「なんでだよテメェが言え」
「……や、お前だろ」
「お前だ」
くだらない言葉の小突き合い。
「その言葉バットで打ち返してやるよ」
「と言うのを俺が更に打ち返してやるよ」
子供じみた口争い。
「………」
「万事屋、なんか言えよ」
「あー……好きだ、十四郎」
「っテメ、いきなり」
「ナニ、嬉しい?」
「……に」
「え?」
「嬉しいに決まってんだろ! 俺も好きだくるくるパーマ!」
けれど、そこには互いに甘さが存在していて。
「そこで天パの話?! 普通銀時だろ、今くらいデレてくれたって」
「うるせェよ、…銀時」
憂鬱、意地、拒絶。
閉ざしていた胸の内でそのどれもが崩れ去る瞬間を、十四郎は確かに感じたのだ。