底からずり上げる

 昔から、熱の醒ましかたといったら決まっていた。一人になると急に酔ってぐらついて、誰も隣にいないという事実に耐えられなくなる。そんな時に決まって女を抱いていた。風呂も夜風もキスも全部、そのときは一緒くただった。何もかも、猛らせるだけ。
 
 
「……あっ」
 碧棺左馬刻には、ヨコハマを根城にしてから変わったことがある。女を抱くより良い醒ましかたを、発散の仕方を、覚えたこと。
「……銃兎」
「んっ、なっに…あ、てめ、そこはっ」
 具合がいい。今日はまた一段と感じる。銃兎が締めつけているのかもしれないし左馬刻自身がいつもより膨張しているのかもしれない。腰を押し付けて回すだけの動作を執拗に繰り返す。銃兎が涙を流して善がっているのが、視界に入らなくても感覚で分かった。決定打を寄越すのは惜しくて、激る楔をずっぷり埋めこんだだまま緩い刺激だけを延々と与え続ける。
「あ、はあ、ぁあ、さまとき」
「んだよ、っ」
「はあ、ふう……は、んっ、ん、早く、焦らすな」
「好きにさせろ」
「ゃだ、なあ、俺のすきなとこして……? 早く、突いて、さまときっ」
「ッ、ドスケベが……!」
「あ!! …はああっ、んん、きもちぃ」
 尻を高くして自分から腰を押しつけて、そうやって先端をいい場所にあてているのだ。左馬刻が擦りつけるように腰を揺すってやるとそれだけで悦んで締め付けてくる。
「あんっあ、あ、ぁん、あん」
「おい、誰がオナれって言った?」
「ひぅ、あ、あ、あぁ……左馬刻、っ」
「………」
「さまとき、あのな、おれ…ひっ!」
 ちくしょう。呻きながら中を思いきり突きあげてやる。我慢出来なくなったのはこちらも同じだった。馬鹿だな男ってやつは。でも左馬刻も銃兎も同じ、このクソみたいな場所に立って、地を踏みしめ、生きている男だ。めちゃくちゃに掻き混ぜるように突かれ、銃兎は神経が焼き切れるような快感に喉が枯れるほど啼いた。酒はそこそこにしたってのに、酒焼けと変わんねェなこれじゃ、と左馬刻は思わず笑った。明日の朝に何て言われるか、おおよそ想像がつく。
 チラリと視界に入った銃兎の下半身は撒き散らした精液でベトベトだった。仕方ない。今日は派手な喧嘩の後だった。久々にゾクゾクした。昂る感覚がぞわりぞわりと背筋を這いずり回り、首の薄皮を撫で上げ、後頭部のあたりから日頃のモヤモヤとか何とかいろいろが突き抜けて吹っ飛んだ。真っ白で強い刺激が頭の中を支配した。あまりの感覚に耐えきれず世界がグラリと大きく揺れて、異常に興奮していたことにようやく気づく。
(ああ……)
 今日のはもしかしたら勃つんじゃないかと思った。いや勃たなかったが。さすがに。これで自分の生殖本能が反応したらただの快楽殺人鬼だと思う。そんな時は考えたくもないのに血縁という言葉が脳裏を過ぎって、砂のような異物がざらつきを齎し、胸糞悪くなった。破壊衝動に駆られる。無性に殴りつけたくなる。誰か、いや、左馬刻自身かもしれない。酔うのだ。興奮して眠れない。手こずった日ほど、心と身体が疲れている日ほど眠れない。だから一人になったとき衝動に身を任せてしまいそうな自分をセーブしようと、昔は女を抱いていた。この兎に会ってから、左馬刻は変わっていた。女を抱かなくても乾きが満たされるような感覚を教えられたら、もう他の誰かでは醒ませない。

「なぁ、ぁ、ぁ、さまとき、聞いて」
「………」
「お前のキスもセックスも、ぜんぶ気持ちいいから、……好きだよ」
 ふいに聞かされた言葉は、計算された睦言よりもずっと甘美で官能的で、痺れるほどの威力があった。
「クソが……っ」
 腰を振りたくったまま舌打ちして、汗ばんだ肩口に噛みついた。無防備な背中を差し出されている事実に目眩がする。銃兎は何もかも許してくれる。それが心地よくて、ずっと傍に置いておきたいと思う。こんな風に思うのは初めてだ。
「よ…すぎぃ、あ、良すぎる、ほんとに、待て!さまと、ちょっと止まっ、ああっ、ぁん、あん! ちんこ、おっきいから…!」
「煽ってるようにしか聞こえねぇんだよっ!」
 わざとだろ?と思うくらいだ。だが、どうだろう。天然なところもある銃兎のことだ、本当に無意識かもしれない。どっちにしろタチが悪い。馬鹿みたいに腰を振ってやった。腰骨が当たるたび、パンッと肉同士がぶつかる音が響く。銃兎のペニスからは壊れた蛇口のようにだらだらと液体が溢れている。
(そろそろイきそうだな、銃兎)
身体に力が入ってぎゅうと強張る。イくのはもう何回目だろう。予兆を見逃すわけもなく銃兎の一番感じるところをぐりっぐりっと亀頭で押し潰した。たまらず玉がきゅう、ひくん、ひくん、と上擦るのが分かった。
「あ!! ……あ、あああ、それぇ、だめぇ」
「泣きごと言ってんじゃねぇよ」
 尻の穴がぎゅっと締まって、紅く柔らかに熟れた肉ひだが左馬刻の雄にキスをする。ほしいとねだるように。
「このまま突いてイかせてやる」
「い、いく!ああちょっあ、いくいくいっちま、うっああ!待て、待て!」
「んだよ、早くイけ」
 左馬刻は律動に合わせて揺れる銃兎のペニスを掴んだ。先走りと精液が混ざってヌルつくそれを乱暴に擦り上げる。銃兎が哀願するように叫んだ。
「い、いけなぃ……!いけないの! もう、ザーメン出ねぇ、さまときっ」
「さすがにもう出ねぇってか?」
「そう、だから、ぐりぐりこすらない、で」
「後ろでイけばいいじゃねぇか」
「へ……!? 無理、もう苦しい、きついからぁ」
「大丈夫だって」
「むりっ、むりだ……」
「ほら、俺のでガンガン奥まで犯されてんだぜ。こことか」
ぐいっと腰を押しつけて銃兎の奥の扉をノックすると、
「ひゃううぅ!!」
銃兎が悲鳴を上げた。そのまま何度もノックする。
「あーっ!あーっ!そこダメ!おく、おくは駄目!」
「なんで?」
「へんになる!変になっておかしくなるからぁ!やめてぇ!やめてくれよぉ!」
「いいじゃねぇか。見せてみろよ」
左馬刻はニヤリと笑った。
「俺にだけ、全部さらけ出してみせろよ」
「うあ、あう、うぅ~っ!やだぁ、やだやだぁ!」
「おい、逃げんなよ。もっと気持ちよくしてやろうとしてんだから」
「も、十分気持ちいいからぁ……これ以上されたら、死んじまうッ」
「ハハッ! だったら尚更ヤらなきゃ損ってもんだろ」
「そんなぁ……!」
「死ぬほど気持ちいいこと教えてやるからよ」
 な?と声音だけは優しく可愛がる声をしていながら、銃兎のペニスの先端を指先でぐりぐり弄ってやった。
 もう出るものがなくて痛いだけのはずなのに、刺激されると途端に熱を持ってしまう身体。それが辛いのか、銃兎の目からはボロボロ涙がこぼれた。しゃくりあげるようにヒクヒクと喉が鳴いて、それでも下半身は大人そのもので、アンバランスさがたまらない。
しかしそれも束の間、銃兎はぶるりと身体を大きく震わせた。どうにも制御出来なくなった危うい感覚を押さえ込もうと反射的に身体を強張らせても、ガクガクと震えは大きくなって痙攣に変わる。次の瞬間、
「ひっ、ぃぁ……ぁああっ、〜〜〜〜っ…!」
プシャッと勢い良く透明な液体が吹き出した。銃兎の顔にまでかかったそれは潮だ。
「あ……え……?」
自分が何をしてしまったのかわからず呆然としている様子だ。
「すげぇな、銃兎。可愛く潮吹きできたな」
「……お、れ」
「上出来じゃねぇか」
 頭を撫でると、左馬刻の方を見た銃兎はぼんやりとした顔のままふにゃっと笑って見せた。羞恥心で死にそうな顔で泣きじゃくってくれても良いが、これはこれでクるものがある。左馬刻は上機嫌になり、銃兎の首筋を甘噛みする。
「うあっ、おい……」
「銃兎ぉ、まだ終わりじゃねぇぞ。俺様はまだイってねぇんだからな。しっかりケツ締めろ」
 左馬刻の額から落ちる汗。底意地が悪そうに歪んだ口角。獰猛な紅い目が、視線で食い破るみたいに銃兎を見下ろしている。
「ん……うん」
「良い子だ」
「さまとき」
「なんだ?」
「きもちよかった……ありがと……」
 舌足らずの声で礼を言われて、左馬刻の心臓が跳ね上がった。こいつはどこまでされても俺を許す気なんだという安心。こんな無防備で良いのかよという遣り場のない憤り。沸々と湧き上がり相反する感情と同時に愛しさも湧いてくるからタチが悪い。
お前は、本当に俺のことが好きだよなぁ、銃兎。そう思ったら我慢出来なかった。
「銃兎テメェ今のは反則だろうが」
「アッ!? あっ、ひン、うぅ、んっ、ぁあっ」
「覚悟しろや、ッ、この、淫乱ウサギが」
 左馬刻は銃兎を抱き起こすと膝立ちにさせる。後ろに手を引きロールスロイスの体位を取らせ、より一層激しく抽送を開始した。ガツンと強く突き上げれば、銃兎が背を弓なりにして喘ぐ。その動きに合わせ突き出された胸の突起に、指を這わせる。前戯でも散々いじめ抜いたそこは、茱萸のようにぷっくりと主張していた。銃兎の乳首は果実のように新鮮で真っ赤な色はしていないけれど、銃兎のものならなんでも興奮を煽られる。薄茶色の乳首をきゅっと摘んで、紙縒りみたいに捻った。捏ね回されながら下からもズンと突かれ、銃兎はもう息も絶え絶えといった様子で切ない声を上げる。
「ああぁっ……ひぅっ! ひっ、ぁは……だ…め、っ、それ、ほんとに……」
「何がダメなんだよ、言ってみろよ」
「ちくび! ちくび、こりこりしちゃ、だめぇ……!」
「なんで?」
「き、もちぃ、からぁ!」
「どこをどう触られたら気持ちいいかちゃんと言えたら止めてやってもいいぜ?」
「うぅ、いじわるっ……!」
「ほら、言えよ」
「ち……くび! ちくびきゅってされるの、いいっ! はぁっ、あっ!」
「こう?」
「あぁっ! そ、そう……!」
「他には?」
「うぁ、あぁっ! も……むり! わかんな、い!」
「嘘つくんじゃねぇよ。まだまだ言えることあンだろ?」
「うぅ……うあぁっ!……ちんこ! さっきからずっと、あなるにずぽずぽされて……! お腹のなかまで気持ちよくなってるの……!」
「銃兎のはアナルじゃなくてマンコだろ? ちゃんと言い直せよ」
 耳元で囁けば、銃兎は顔を真っ赤にして口をパクつかせた。しかし、左馬刻の腰の動きは止まらない。
ごちゅんっと奥を叩かれる度に、脳髄に直接響くような快楽の波に襲われる。
「ほら、銃兎」
「……まん、こぉ……! おれのおまんこ、さまときのおちんぽでいっぱいになってるぅ……!」
「俺のちんぽ気持ちいいか?」
「きもちい、さまときっ……」
 いっぱいになって苦しいのに、どんどん広がってる気がして怖いのに、銃兎の身体は悦んでいた。もっと深く満たしてほしいと疼いている。
「次する時は鏡の前でしようぜ。ウサちゃんにも見せてやるよ」
 銃兎の尻臀を掴み左右に割り開いて、結合部が見えるようにしてやるのだ。ぷるぷると情けなく揺れるペニスの下で、くぱりと皺ひとつなく開かれた穴に左馬刻の剛直が出入りする様がはっきりと見て取れて、あまりの卑猥さに銃兎は目を逸らすことも出来ず釘付けになるだろう。痴態を想像しただけで海綿体が膨張して滾る。
「ウサちゃんも可愛いところ全部映ってるの見たいだろ? 俺のがどんな風に銃兎に入ってるか」
「やっ、やだ……恥ずかしいっ……そんなの、やぁ……」
「嫌じゃねぇだろ。なぁ、銃兎。俺とセックスしてるとこ、ちゃんと見てくれよ」
「ひっ……あん、あぁっ、んぁっ、んんんっ!」
 想像してしまったのか、肉壁がきゅうんと締まった。鏡に映る銃兎の瞳は羞恥に潤んでいるだろう。左馬刻の言いつけ通り、鏡に目を向けたまま淫らに、あられもなく善がるのだ。今こうして抱かれている最中も素直に自分の言うことを聞く銃兎に、独占欲が満たされていくのを感じる。俺だけのものだ。誰にも渡さない。こんなに可愛くて健気で淫猥なウサギを、誰が逃すものか。
「お前のマンコすげぇエロくなってるぜ。わかるか? 俺のチンポきゅうきゅう締め付けて離そうとしねぇもんな」
 凶悪な太さと長さを誇るペニスを、左馬刻によって雌にされた蜜の穴は嬉々として受け入れていた。入り口はすっかり柔らかく解けていて、ふっくらと膨らんだしこりもカリに引っ掛かれて押し潰され、何度も擦られているうちに、より一層敏感になっていく。
一番太い亀頭の部分が中を広げながらゆっくりと侵入してくると、括約筋が絡み付き、まるで愛しい恋人にキスをするかのようにちゅうっと吸い付くのだ。そしてそのままずるりと一気に貫かれれば、最奥にある窄まりがくぷくぷと音を立てて開き、迎え入れるようにして亀頭にしゃぶりついた。肉ひだは歓喜に打ち震え、男根を扱き上げるように収縮を繰り返す。
「んぁ、ふぅ、ンん……言、うなよ……!」
「やらしい穴だなァ、おい。こんなに欲張りさんだとは思わなかったぜ」
「ばかっ、そんなの、さまときのせいだろ……! おまえが、いっぱいするから……!」
 肩越しに涙目で睨まれても完全に逆効果だ。むしろもっと虐めてやりたくなる。左馬刻は腰の動きを早め、ラストスパートをかけた。パンッ、パチュ、パチュンと肌を打つ音が激しくなるにつれ、銃兎の声も大きくなっていく。
「あぁっ! はあっ、あっ、あっ、あっ!」
「銃兎っ、出すぞ!」
「んッ……あぁあああっ!! あ、またイっちゃ……!!」

 銃兎がドライオーガズムを迎えると同時に、左馬刻もまた奥深くへと射精した。銃兎の肉筒が収縮して精液を飲み干していくのが分かる。
「あ……あつい……」
 銃兎はそのままへたり込んだ。その拍子に、栓の役割をしていたものが抜け落ちる。ねっとりと濃い白濁が流れ出し、尻の間から太腿にかけて伝っていく。
「おーおー、勿体ねぇ」
「ん……」
 左馬刻が後ろから抱きすくめると、甘えるようにすり寄ってきた。
「大丈夫か?」
「ん……すこし疲れた。左馬刻、抱きしめてくれんの、優しい」
 世間ではこの行為を『愛し合う』などと呼ぶ。
 銃兎を抱く時、愛おしさは勿論あるけれど同時に底から噴き出すような粘ついた執着と衝動を一方的にぶつけて昇華させている自覚がある。だから左馬刻は、抱くときに後ろ暗さを感じていた。銃兎は「優しい」なんて笑ったが、どの口が優しいなんて言うんだろう。
……こうやって、左馬刻が満足するまで欲を散らかすのを手伝ってくれるのは銃兎だ。こうやって、澱んだドス黒い汚泥の底から左馬刻をひきずり上げてくれるのも銃兎だ。銃兎がいるから、暗澹に堕ちそうなシャバでもこうして呼吸ができる。
「バカ言えよ、めちゃくちゃされといて」
「はは、……そうかもしれねぇな。でも、嫌いじゃねぇよ」
 入間銃兎は気付いていた。左馬刻が、自分に対して後ろめたく思っていることなんか、とっくに分かっていた。何故なら二人は似た者同士だからだ。それでも良かった。左馬刻の煩悶も執着も独占欲も全部ひっくるめて好きだと思えるくらいには──そうだな、心底から愛してるんだよ俺、お前のそんなところも。まあこんな重い恋心、底に沈ませておくのがお似合いだろう。左馬刻に見えるよう抱え上げる気はなかった。何されるか分かったもんじゃない。左馬刻に見せて『なんだそれ邪魔だわ。いらねぇよ』なんてゴミみたいに扱われた時、すっぱりと廃棄処分できる自信が、まだなかったから。
「……おい、嫌いじゃねぇってのはなんだ。てめぇはその程度の奴に抱かれて潮吹いて中出しされンのか? あ?」
 拗ねた口調で核心を突かれ、思わず笑う。やっぱりムカつく野郎だな、お互いに。銃兎はちゅ、と小さなリップ音を響かせてキスをした。ほら見ろ左馬刻、こんなことするのはお前だけだよ、安心しろ──という気持ちはもちろん伝わるわけもなく、顎を掴まれて強引に唇を奪われた。
「んん、むぅ……っ!?」
 舌を絡め取られる。唾液を注がれ、歯列をなぞられ、上口蓋をじっくりと嬲られる。息苦しくて離れようとするのに、後頭部を押さえ付けられて逃げられない。長いキスを終えやっと解放されると、左馬刻が不遜に言い放つ。
「俺様はセフレと舌絡ませてベロチューなんざしねぇけどなぁ。しかも抜いてスッキリした後に」
 カアッと頬が熱くなった。これはダメだ。まずい。見せないように沈めていた愛おしい想いが、すぐそこまで上がってきて、溢れそう。
「やってみろ。できるだろ、俺様のウサちゃん」
 ああ、きっとこれでバレちまう。廃棄処分うまくできるかな──左馬刻に深く口付ながら思ったけれど、ぎゅっとすかさず手を握られたので、ひとまず安心した。嬉しそうに笑いやがって、大好きだよ。愛してるから、醒めるまでお前のウサちゃんでいさせてくれ。