「銃兎。じゅーと……」
左馬刻の突き上げに呼応して背中が弓なりに反る。緊張した身体を抱きしめた。宥めるように声をかけるが、熱がぐるぐると臍から下を冒して渦巻く。背を後ろから羽交い締めし、首筋を舐め上げながら一層奥深くを突き上げると、声にならない悲鳴を上げて、白も薄まった残滓を先端からトロトロ零して、極まった。
まただ。愛撫されている時のみならず、イく時すら声を噛み殺し、ふぅふぅと呼吸するだけの音で堪える。普段の通りが良い伸びやかな声は気配すらない。まるで銃兎なのに銃兎ではないようだった。左馬刻は締めつけに唸り、放精の余韻に浸っている銃兎の首筋をきつく吸った。
……痕つけるのやめろって、朝になったら文句を言うくせに。今は何も言わない。抵抗がないのをいいことに、左馬刻は何度もそれを繰り返し、痕を残してやった。朝の銃兎は抱いている時にはなかった小言が復活して、いつもの銃兎になる。やっぱり銃兎を抱いたんだと思えて、繰り返す。これは悪癖になりそうだが、拭いきれない不安だとか寂しさを埋めたくて、やめる気にもならなかった。
「俺以外とも、こうやって黙ってしてたのかよ。俺の前に、してたやつ、いるんだろ、怒らねーから」
「は……っは……」
「ちゃんと答えろ。またイかされたくなけりゃな」
「ッ、ん……ぅ」
言っても聞かない。どころか、向かい合わせの体位にしても、視線を逸らす。しょうがねぇな、とわざとらしくため息をついて、挿入している剛直を胎内の奥深くでぐちゅぐちゅ細かく揺すった。途端に銃兎の唇が、はくはくする。感じているのに強情だ。気丈で折れない精神力の強さは銃兎の魅力の一つだし左馬刻自身も気に入っているが、今この状況とはどうにも噛み合いが悪いのが、もどかしい。
「ふ、っ……ふっ」
「銃兎が話さねぇならキスするぞ」
「だっ、……んぅ…!」
「はは、」
駄目だと言いかけて開いた口内へ指が侵入を果たし、くちゅくちゅと舌先を撫でる。口のキスはダメ。そう言ってさせてくれない銃兎でもこうして、ベロに触れることは良いようだった。
終わらせるつもりなどない。もっと陥落させてやる。達した直後のヒクヒク痙攣する肉壁へ剛直を擦りつける。胎内を蹂躙して揺すぶり続けた。抗議するように何度も舌で指を押しのけようとするが、感じてしまい結局は指をちゅぱちゅぱ吸うしかなくなる。腹に回している腕で震える腰を引き寄せて、浅いところにある前立腺を抉りながら奥まで突き上げた。
「ッ──!」
「っ、てぇ……」
舌を弄っていた指に鋭く歯が食い込むのをそのままに、締め付けてくる肉壁から引き剥がすようにずるずると抜け切る寸前まで腰を引く。
「ぅ、さま、ごめ……バカ、なんでそこ、んん、っふ、んく」
左馬刻の指を傷つけたかもしれないと気づくと、泣き出しそうになるくせに。
じゃあなんで、キスはダメなんだよ。お前が俺のこと嫌いじゃないのなんか分かってるんだぞ、俺は。
硬くエラの張った傘でしこりを押し潰しながら、奥まで一気に突き上げる。
「ぅぁッ! や……っ、ん」
「っはは、また締まった。ここ好きだなぁ、じゅーとぉ」
「……っふ……ぅ……」
「っ、声くらい、聞かせろよ……なぁ。いっつも、うるせぇくらい喋るくせに、なんでだよ」
「っ……んっ!」
「聞きてぇ。男の声がどうとか、俺が気にすると思うのかよ」
「ち、ちが……はぁ、ッ、う、ん!」
「そうそう、上手……じゅーと、またイきそうになってんだな。ここ好きだもんなぁ、じゅーと」
「ふ……、ッ!」
律動に負けて前へと逃げていく腰を許さず、後ろに尻を突き出すように促す。散々擦られて熱を孕んでいる肉壁は、色々な液が混ざり合いぐずぐずになりながらキツく締め付けた。
早くお前も、とせがまれているようだ。きゅんきゅんする。内側はこんなにも左馬刻を健気に求めてくるのに。
「銃兎、次はイっても、止まってやんねぇぞ。いい子にしてな」
「く、っ、ふっ、……!」
ひと突きする毎に穴の縁から押し出された滑りが、空気と混じって、ぬかるむ音を立てる。引き抜く時には張り出した肉傘が後孔の縁を広げ、中を刮げるようにして集められた滑りが掻き出され、ぼたぼたと、上等な肌触りのいいシーツを、はしたなく汚した。
「んッ、っくぅ、────!」
一層高い声を上げて、銃兎は感じ入っている。
「イっていいぜ。我慢すんな。ほら」
ずっしりと重たい亀頭で、銃兎が感じる手前と奥の場所を、一回の突き上げで確実に抉る。自身から白濁を撒き散らし呆気なく達した。やめてやらない。穿つ度に自身の先からトロトロ零れ落ちていく。
「んく、ぁッ……ひ、んんッ! ん、は、ッああ!?」
「っ、銃兎……もっと聞かせろ」
熱を帯びた吐息。絶頂から降りれずにいる身体は、ずるずると沈んでいってしまう。
それを後ろから押し付けるように支えてやりながら、口内に入れたままだった二本の指で舌を緩く挟む。
許されている愛撫だ。噛まれようと構わなかった。銃兎は、覚えているのか、噛まないように気をつけている。んぁぁ……と、開いた喉から蕩けそうな声を出した。
「……可愛いな。好きって顔に出てんだよ」
「ふっ、ぅ、う……ッ」
「俺も好き。すげぇ好き」
口を開かせたままのせいで、飲み込めない唾液がつうっと手首まで滴っていく。その感覚すら下腹部を疼かせた。首筋に寄せていた唇をずらして、頬へ、口の端へと辿らせる。
「……ぁあ、ぁ……っさまとき……っ」
「かぁいいな、ウサちゃん」
「んっ、んんぁ……!!」
「名前呼んでくれよ、もっと」
「あっ、あ……あッ、さま、っ、ああぁ! さまときッ」
片足を抱え持ち、当たり散らすように腰を打ち付けて、もう少しで触れそうだった唇から離れた。
結合部から泡立った液が、揺さぶるのに合わせて辺りに散っていく。
達し続けている時の締め付けは相当だ。すべて持っていかれそうになるのをどうにかやり過ごす。根元まで突き入れ、腰を大きく回してまとわり付く肉壁を拡げた。
「は……っ、……くそ」
「ひっ……あッ、あああ!」
そろそろだ。限界が見える。先から根本全部を使って長いストロークで責め立てた。張り詰めた先で拡げながら入り込み、奥の固く閉ざされている入り口を内蔵ごと押し上げて腰を引く。押し上げたそれが元の位置に戻る前に再び奥へと先端で追いやれば、銃兎は快楽の瀬で溺れたように唇をはくはくさせる。お互いに余裕がない。最後に力強く奥を突き上げ、出ていかせまいとする内側から、ずるりと引き抜こうとする、と。
「いや、だ、なか、いい。ほしい……」
「ッ、…くそ、…じゅうと、じゅーと、っ」
「ぁ──っ……っ、ぁ……」
くったりと力が抜ける。一緒に寝転がって、胸に引き寄せれば素直に寄りかかる。汗で額に張り付いた銃兎の前髪を払いのけ、お疲れさんと愛しさを込めた口付けを落とした。
それだけでふるりと震え、余韻が瞳を甘い色にとろけさせる。髪を優しく梳いてやる。そうして未だに悶々と荒ぶる気持ちを落ち着かせてみるが、やっぱり、もやもやと疑問は復活してきた。
「銃兎、俺様のこと好きだろ」
「……分かってること、聞くな」
「じゃあキスしていいだろ。なんで嫌なんだよ」
「……口のキスじゃなければいい」
「セックスはいいけどキスは駄目って、付き合ってんだろ、俺ら」
歯型がくっきり残る指で触れた唇が「明日は休みじゃねぇから」と、何やら意味深な発言をした。
ぷにぷに。つんつん。ふにふに。薄いけれど柔らかくて形のいい唇だ。キスできたら絶対きもちいのに。弾力を撫でて楽しんでいると、眉を寄せて苦い顔をした銃兎が、その手を掴み目の前まで持ち上げ見てくる。
「あ? んだよ、邪魔すんな」
「ちゃんと動くよな、指。怪我してないだろうな?」
どうやらイチャイチャではなく検分目的のようだ。最中に左馬刻の指を噛んでいたのを思い出したらしい。
「あー、動く動く。つーかお前だろ噛んだの。信用してんぜ? 俺様を裏切らねぇのがウサちゃんだもんな」
「そりゃそうだけどな……俺だって、わけわかんなくなっちまうんだ。ああいう時に口に指突っ込んでくるな。右手だぞ、利き手じゃねーか。マイクも握るしステゴロもするんですから、……おい聞け。ほっぺたにキスは後だ」
「……ああでもしねぇと、お前が舌噛んじまいそうで危なっかしいんだよ」
歯が軋むほど声を噛み殺して、気持ちいいポイントを抉った拍子に開くのだ。あんな調子で、揺さぶっているときに噛んだら、骨のない舌など容易にがっつりとやってしまう。左馬刻の指の心配をしているが、銃兎の舌だって大切な武器だ。怪我してほしくないのは、左馬刻だって同じだった。猫舌で、よく回る舌。傷つかないように守ってやりたい。
「………」
「ふ、はは、くすぐってぇわ」
銃兎は左馬刻の節だった指を小さく舐めてから、ぱくりと口内に含んだ。
ちゅるちゅると柔らかい舌が、噛み痕のついた第二関節の辺りを癒やそうとしてくれる。
「……なぁ、やっぱ聞きてぇんだけど」
「なんら」
「俺ら付き合ったばっかりだけど、両想いだろ。ンな必死になって声我慢するの、なんでだよ」
「なんれって……」
「俺様は信用されてねぇのか? 抱いてる時のウサちゃんの声録音してどっかに横流しでもすんじゃねぇかって」
「ンな下衆いこと左馬刻がするわけねぇだろうが! バカにすんな!」
「おー、そうだよなぁ? だったら何が気になってんだよ」
「それは……」
「さっきも言ったけど、男の声聞いたら萎えるとか有り得ねーからな。銃兎の声だろ……銃兎としてんだって分かるから、むしろ聞きてぇ」
「………」
目は逸らされなかった。無言のまま見つめ合う、数秒間。根負けした銃兎が「左馬刻が、私の声を聞いたら萎える、とか……そういう奴じゃないってことは分かっていますよ」と。
「そーかよ。だったら良かったわ。そんで?」
「………声を我慢してねぇと、すきって言いそう、だから」
左馬刻のこと。
銃兎は困ったように言った。
「……いや、言ったら悪いのかよ。俺様も好きだわ」
「違う、左馬刻の好きより、俺の方が重いんだ……! 俺の方がずっと、…だから、言ったら、今より自覚して……左馬刻が俺から離れようと思った時、綺麗に別れてやれなくなるかもしれないだろ」
「へぇ……そうかよ、なるほどなァ」
「も、もう言ったからいいだろ!? この話は終わりだ!」
「ダメだ。まだ終わってねぇんだよ話は」
ベッドに銃兎を縫い付け、押し倒す。セックスの始まりのようだが、意味合いとしては全然違っている。抱いて有耶無耶に迎える夜は、もう終わらせるのだ。
「キスさせてくんねーのは?」
「ッ、離せ……」
「このままキスしたら分かるかもな」
「ンッよせ! さ、さま──」
唇をそっと押し付けて、抗議する口を塞いだら、寝室が静かになった。
瞠目している銃兎とは対照的に、左馬刻は目を閉じたまま、はむはむと食む。初めて銃兎とキスできた。やわらけぇ。下腹が疼いてもそれを無視して続けていると、緊張していた手の力が抜けてくる。……これはもしかして。押さえ付けるのをやめると、自由になった腕が左馬刻の首にそろりと絡まった。それが心底嬉しくて、思わず、食んでいた唇を離した。
「銃兎……最高だわ。すげぇきもちい」
「……そうか」
「もっとしてぇ。好きなヤツにキスすんのずっと我慢してたんだわ」
「すき……だけど、ッも、止めろ……って」
口づけの合間に悪態を吐きつつ足をも使って絡み付いてくる。キスはしなくても左馬刻が大好きなことは疑いようもなく本当なんだろう。身体をぎゅうっと引き寄せ、今この体勢で触れ合えるところ全部をぴったりと合わせてきた。
「好きなんだろ。俺のモノになっとけよ」
もぞりと動きづらい中で腰を浮かせ、秘められた孔に先端を当てがった。
「…………」
もう押し込めば侵入する手前。待ちきれなかったのか、銃兎は両方の足で左馬刻の腰を引き寄せゆっくりと受け入れていく。
「……言っちまったら、止まらなくなる」
「いいぜ。離れようなんて考えられなくしてやるから」
二人の他に誰もいないのにそっと耳打ちした。銃兎の通りの良い声が、吐息と混じって不安定に揺れていた。
左馬刻も同じように、耳打ちして返してやった。実際のところ、あまりにもゆっくりな挿入に腰の方が焦れて動き出してしまいそうだったけれど、リビドーよりも銃兎がよっぽど大事だった。
「何言ってんだ……いいなんて思ってないだろ、左馬刻は」
言って、銃兎は悲しげに眉をハの字に歪ませた。絡む両足は左馬刻の腰を引き寄せるのをやめてしまった。離れはしないけれど、ただそこに引っかかっているだけになる。
────望んでいない、とは、どういうことだ。
左馬刻は奥を目指してそこに体重をかけた。
「ン、……────ッ」
「どうして、そう思うンだよ……?」
言ってしまえば止まらなくなるその続きを、自身が奥へたどり着くまでに、正気の内に言わせたくて。左馬刻は少し進んでは抜き出すを繰り返した。
「銃兎?」
「っ止まらなくなるってことは、もっと触れたく、なるってことだろ……」
「ん、そうだな」
「触れたくなったら、離れたくなくなって、困ったことになるんですよ。左馬刻を、今よりもっと好きになって……ずっと俺と居てほしいって思っちまうかもしれない」
「………」
「左馬刻の前に、してたやつ、いるんだろって聞いたけど……いないよ。そりゃセックスはあるけど、付き合うとか、お前が初めてだ。お前しかいない。俺の途方もない願いを叶えてくれると言ってくれたのも、お前だけだ。全部お前でいっぱいになって、何より左馬刻が一番になっちまったら。それは、」
左馬刻の大切なところを受け容れながら、銃兎は微かに笑って。観念したように言った。
それは、いつか、困るだろ……お前が。重いし、面倒だし、困るだろ。どこまで寄りかかるんだって。大体お前、ヤクザの若頭なんだから、いつかは結婚するし。今日は左馬刻がキスしちまって、そんな、俺と初めてキスできたってだけなのにすげぇ嬉しそうにするから、可愛くて、
「────左馬刻のこと、余計好きになっちまった。だから、しばらくは、俺にキスしないでほしい」
きゅうっと切なく締め付けた、銃兎のナカ。思考回路の神経を結ぶシナプスが歓喜に震え、鼓動がはやる。噛み締めた歯の間から詰まりそうな息を逃した。
「……ハハッ。銃兎ぉ……普通に好きって言われるより、すげぇキいたわ今の」
「んっ、ァあ……!? ああッ、ん、ぜんぶいれたら、っ」
「なぁ、好きって言うのもキスも我慢しねぇで済む方法、教えてやるよ。しっかり聞いとけや」
「あっ、深……ッひ、ァ、──」
「朝になっても止まンなかったらな、こうやって抱きしめて、朝になったらコーヒー淹れて、俺様が朝メシも作ってやる。いってらっしゃいってお前を送り出してやる。ずっと一緒に居てほしいから、そのうち一緒に住むんだぜ俺ら。お揃いの指輪もつけような。誰にも文句なんか言わせねぇ。俺が一番になっちまってるウサちゃんはプロポーズされても断れねぇだろ」
悪い計画をすっかり話して、左馬刻はニヤリと笑ってやった。ベッドシーツと背の間に手を入れ、銃兎を強く引き寄せる。感じる場所を探り当ててずりずり可愛がれば堪えずに甘い声で喘いでくれた。やっぱりよく通る、左馬刻の大好きな声だ。しがみついてきた銃兎の指先が頸を撫でてねだるから、唇を深く貪った。