左馬刻は山田一郎が好きだと思ってるウサちゃんの話 - 1/4

「左馬刻は……そういうヤツじゃねぇと思いますけど。根っから全部が悪いやつってワケじゃねぇんで」
「~~っ、テメェがアイツの何を知ってるってんだ!!」
「え……?」
 驚いたようにこちらを見る山田一郎に、正気に返る。
「あ…っ、……そ、その、すみません。取り乱してしまって」
「もしかして入間さん……好きなんですか。左馬刻のこと」
「……そんなの、貴方には関係ない話でしょう」
 まずい。しくじった。偶然居合わせてちょうどよかったのに。それとなく山田一郎に話を振って、左馬刻と山田一郎の進展について聞き出そうと思っただけだったのに。山田一郎は、左馬刻に今の俺の様子をバラすだろうか。それをされたら俺は、もうアイツに会わせる顔がない。会えるだけでよかったのに。これは、身のほど知らずにもアイツの人間関係に嫉妬した俺への報いか。
「……入間さん、左馬刻に告白するんですか?」
「え……?」
「アイツは、俺の知ってる左馬刻は……ホモじゃねぇと思う。俺らがチーム組んでた頃からアイツすげぇモテてたし、女と宜しくしてんのも見たことあるけど……男とは」
 切実な訴えに、俺は俯いたまま、喉で笑う。告白か。若いなぁ、やっぱり。
「……そんなこと、心配するまでもありません。左馬刻は、勝手に人を足扱いするし私を困らせることばかりするんです。ウサちゃんなどと似合わない呼び方をするし、私が目を離した隙に勝手に寝室を覗いたりしてきたんですよ」
「え……?」
「怒っても全く反省してないし、私も惚れた弱味で結局ほだされて……でも、アイツが故意に私の嫌がることをしてくるのは事実ですからね。私がどうこうしたところで、左馬刻がホモになることはありませんし……告白も、当然しません」
 そうだ、どちらにしろ、俺は。……山田一郎が左馬刻をどう褒めようが、俺が苛立つ権利なんて、ないだろう。それなのに勝手にキレて、完全にお門違いの嫉妬だ。謝罪するべきか。思う俺より先に、

「すみませんでした」
「は」
 まるでこちらの痛みを堪えるように告げられた言葉の、意味が分からない。
「なぜ貴方が謝るんです?」
「無神経でしたよ、俺。左馬刻のこと好きなんですね、……銃兎さん」
「……似合いませんね。忘れてくださって構いませんよ」
「そんなことねぇよ! 銃兎さんって、意外とって言ったらアレですけど、そういうとこ……可愛い、つーか。ぶっちゃけ俺は嫌いじゃねえっス」
「かわ……ああ、そう」
 ついていけねぇ……。かわいいって何だ。俺の与り知らぬ方向に暴走を始めた山田一郎を見上げ、ぐったりした気分になる。でも純粋な彼の態度に、悪意は見られなかった。満足のいく答えは未だに出ないままだが、俺を置いてきぼりにして山田一郎は尚も息巻いた。

「にしても銃兎さん! 今の左馬刻の話は全部マジってことで良いだよな!?」
「へ? ええ、そうですが」
「アイツそんなことするんだな……左馬刻のヤツがそんなの、ぶっちゃけ想像できねぇっつーか……俺の知ってる昔の左馬刻は……もっと大人だったから。んなガキみてぇなことしてこなかったと思いますよ」
「……!」
「銃兎さん?」
「そうか……なるほどな。俺が、嫌われてるだけか」
「え……?」
「考えてみたら一郎くん、貴方にも……飴村乱数や神宮寺寂雷にも、左馬刻が意地の悪いことをしているのなんて見たことありませんし。理鶯のことを怒らせてニヤニヤしてるのだって、もちろん見たことありませんし。……ふふ、私だけですね、左馬刻に揶揄われて、困らされてばかりなのは。勝手に、俺のプライベートなところばっかり、踏み込んできやがって……そうやって嫌がらせしてるんだな。どうしようもねぇ……どうしようもねぇのは俺の方か。それでも好きなんて」

 自嘲する俺を見て困惑したのは言うまでもなく目の前の青年だった。

「ええぇっ……!? ちょ、ちょっと待ってくれ、あの。銃兎さん……それ、なんつーか…気のせいっつーか。それは銃兎さんの勘違いかもしれねぇ、っていうか」

 追い打ちをかけるように、今、なんと言った。俺の、勘違いだと?
 バカ言え。勘違いなもんか。ラジオの収録が終わった後だって、帰りの車内では左馬刻が隣に座ってきて、俺はさんざん運転の邪魔をされた。なんかあっても揉み消せるからそれで良いだろとか、そういう問題じゃない。左馬刻と同じチームメイトのくせに左馬刻に嫌われている俺が余程珍しいのか、山田一郎はまじまじと俺を見てくる。左馬刻の特別枠にいる、オッドアイの男。お前には分からないんだ、お前は俺とは違うんだ。勝てない。いつだって左馬刻の特別なんだろう。悔しい。やるせない。
「……っ、くそ……」
「! じゅっ銃兎さん!? 泣かないでくれって……わ、悪いことしちまったか……その、えっと……」
 狼狽える山田一郎を見て、俺は俯く。情けない。ここで視界が潤むなんて。子供じゃねぇんだから。惨めになるだけだと分かっているのに、胸を締めつける痛みが押し寄せて引いてくれない。ケンカを売ったような形になったのは俺なのに、山田一郎は尚も親切にしてくれた。
「……すみません。本当に、申し訳なかったです。一郎くんは良い子ですね。明るいし素直で頼り甲斐もあって……左馬刻のこと、私も応援しないと」
「銃兎さん、左馬刻のヤローなんか関係ねぇよ。俺は」
 慰めてくれるつもりだったんだろう。一郎くんが俺の肩に触れた瞬間だった。
「今すぐそこ退けやドグソ野郎」
「チッ、左馬刻……」
 舌打ちしたのは山田一郎の方だった。鋭い勘で嗅ぎつけたのか、俺を無視して一触即発な雰囲気を放つ二人に慌てて割って入る。
「おいっ、やめろって左馬刻」
「銃兎、……お前泣いてンのか」
 周りの温度が冷え冷えとするような感覚。これは左馬刻が怒ってるときのヤツだ。それも凄く。
「ぁ、違う、…なんでもないからあんまり見ないでくれ」
「おいドグソ野郎、俺のウサちゃん虐めて何が楽しいんだ? 殺されてぇか」
「あ? いじめてなんかねーよ俺はな!」
 俺を庇う形で引き寄せて、躊躇いもなく喧嘩腰で言葉を繰り出す。もう二人とも目をギラギラさせていて、止める気は微塵もなさそうだった。
「黙れや。人のモンに手ェ出してんじゃねぇぞ」
「はぁ? いつからお前のモンになったんだよ」
「最初っからだわクソボケ」
「へぇ、……随分独占するんだな」
「うるせぇ。当然だろ」
「?? 左馬刻、大丈夫だ……! 俺は一郎くんに手なんか出してねぇから、安心してくれ……!」
 ああ、なんつータイミングで来るんだ。つーか俺、ここにいること左馬刻に言ってなかったはずなのに、偶然の悪魔め。左馬刻、『最初から俺様のモンだ』って言ったよな今。俺の聞き間違いじゃないよな?
 やっぱり左馬刻は山田一郎が好きなんだ。山田一郎と左馬刻が揃うと、俺は蚊帳の外になる。いつもそうだ。それにきっと、左馬刻は勘違いをしている。俺が山田一郎に手なんか出すわけねぇだろ。誓って何もしてねぇよ。
 昔から左馬刻を知ってて、左馬刻の特別でいるなんて、羨ましいなと、思いこそしたが。
「銃兎」
「さ、さまとき……! 本当だぞ、俺は一郎くんとは何もない。だから喧嘩はやめてくれ」
「フン……大体ソイツと一緒にいて良いなんざ許可してねぇ。俺様のウサちゃんだろ」
 不機嫌になってるせいで俺の返答をろくに聞き入れもしない。痛いくらいの力で引っ張られ、無理やりに腕の中に押しこめられている。ふわりと左馬刻の香水の匂いがした。それといつもの煙草の匂い。安心するはずなのに、俺は急に怖くなった。一郎くんの目の前でこんなことして許されると思ってんのか。一郎くんだって、左馬刻と仲良くなりたいって思っていたりするんじゃないだろうか。だとしたら今の左馬刻の発言も、俺なんか抱きしめてる状況も、妙な誤解を生みかねない、ような。年上の大人として、スマートにフォローした方が良い。
「あの、違うんですよ一郎くん。左馬刻が勝手にそう言ってるだけなんです。私は、左馬刻のウサちゃんなんかじゃありませんので」
「あ? なに言ってんだコラ!」
「おいおい銃兎さん嫌がってんじゃねぇのか? 離せよ左馬刻」
「黙れクソが。……銃兎、何でだよ。俺様のこと嫌いになっちまったのか…?」
「……う」
────ずるいだろその顔は!
 そうやって寂しそうに眉を下げられたら、年上心にきゅんとしてしまう。俺はうまくフォロー出来なかったらしく、一郎くんが「左馬刻お前……マジで変わったな」と呟いた。しかし、険悪ムードは完全に失せていた。主に左馬刻のせいで。
「き、嫌いに、なれないから困ってるんだ……! はなれろ!」
「へぇ……だったら俺様のウサちゃんになっとけや。なぁ銃兎?」
 お前あんまり俺の顔見るんじゃねぇよ、きっと、いや絶対ぇ情けないツラになってる。そんな風に、悪戯っぽく笑ってみせるのも心臓に悪い。顔が良すぎて考えものだ。