『さぁときッ、そこ、ぁ、だめ…』
『銃兎のナカ柔らかくなっていい子だなぁ』
『ひっ、うぅ……言わないでくれ……そんな……』
『きゅーってしてンの分かるか? すげぇかわいい』
『わかんねぇ、さまとき、さぁときっ………』
『ん? こわくねぇよ。チューしような』
『んんぅ』
────グズグズにも程がある夜だった。思い返してみれば恥ずかしすぎる記憶の数々に呻く。ベッドの枕に顔を埋めた。布団に籠城を決めてからどのくらい経っただろう。左馬刻はまだ来る気配がないので、今のうちに脳内反省会を進める。だって甘えすぎてたよなどう考えても。ワケがわからなくなってた。最後の方なんか気持ちが昂って視界が滲んでぐしゃぐしゃになって、熱くて、溶けてしまいそうで、ただ左馬刻にしがみついてるだけになっていた。左馬刻は終始バカにしてくることもなく、むしろずっと俺に優しかったけど内心では引いてたんじゃないか。仕事なら借りを返せばいいが、これはもうどうやって挽回すればいいんだろう。ダメだ、分からない。左馬刻に引かれた、絶対。絶対そうだ。幻滅された。俺だってこんなに余裕がなくて抱かれただけで泣いてしまう俺がいるなんて、今まで知らなかったんだ。誰かを好きになったことなんかなかったから。本気で惚れている相手に抱かれたらこんなフニャフニャになってしまうなんて聞いてない。ぶっつけ本番もいいところだ。昨日の出来事で分かったからには、今後の展開も自ずと答えが出た。左馬刻は俺に幻滅して、別れたいと思っているに違いない。思ってたのと違ったよな。ごめんな、俺も知らなかったんだ。
……左馬刻は俺を抱いちまった手前、別れようなんて言いにくいだろうから、せめてそれは俺から言おう。決意を固めたところで、ちょうど左馬刻が寝室のドアを開けた。
○ ○ ○
「銃兎、起きれっか? 朝メシできたぜ」
「左馬刻……俺達、もう別れよう」
冗談じゃなく、真剣な話らしい。籠城を決め込んでいた銃兎は布団からきちんと顔を出し、ベッドから身体を起こして、まっすぐに「別れよう」と伝えてきた。「朝メシできたぜ」って言いにきたら「左馬刻別れよう」なんてのは流石に予想してなかったから、一瞬だけ驚く。
でも銃兎の座ってるベッドの隣に腰掛けたときには、もう次の一手は浮かんでいた。別れよう、と告げてきた銃兎の目をじっと見つめる。目は口ほどに物を言うってやつだ。大好きな俺様に見られると誤魔化しができなくなるウサちゃんの目は、不安でゆらゆらと、木漏れ日みたいに光が散らされて揺れていた。俺の顔は自分じゃ見れねぇが、銃兎の張り詰めた表情から察するに何を考えているのかは読まれていないらしい。怒鳴るでもなく普通に眼鏡を手渡してやると、すんなり受け取って、普通に装着した。それから、俺様のウサギはきょとんと瞬きする。多分、いや確実に別れ話をされた俺がブチギレてくると思ったんだろうな。つるむようになってから長いし俺様の性格なんてとっくに理解されている。まだ解られてないのは、俺様が銃兎のことをどれくらい好きかってことだろうな。
「さ、左馬刻」
「ウサちゃん考え事してたのかよ。もう一回聞くけどよぉ、俺ら別れんのか?」
「そうだ」
「へぇ。じゃあ俺がウサちゃん抱きしめてやれんのも今日が最後ってわけか……付き合えて嬉しかったのに、すげぇ短かったな」
「………」
「メシ食うまでは付き合っとこうぜ。俺様は別れるなんて知らなかったからウサちゃんの分まで作っちまったしよ」
「………ありがとう。左馬刻の作るご飯、おいしいから好きなんだ」
「おう、知ってるわ」
「は? なんで入ってくるんだよ、メシが」
「あ? 今のうちにベタベタしとかねぇとだろ」
「やめろって、冷めちまう」
「後で温め直してやっから。……銃兎」
「……っ」
「ほら、一緒に寝ようぜ」
「うわ、ッ」
「あー、銃兎かわいいなぁ。昨日の夜も最高だったけど今こうやってくっついてるだけなのもすげぇ好き」
「やめろよ、別れるのに」
「銃兎は別れてぇのか? 昨日エッチしたばっかりじゃねーか……抱かれたら俺様のこと嫌いになっちまったのかよ」
「違う! ……左馬刻とエッチして、左馬刻が俺のことを好きじゃなくなったから、別れるんだ」
「へぇ……銃兎のこと好きじゃなくなったのか俺。全く自覚なかったわ」
「頭撫でるなよ……」
「銃兎のこと嫌いになった気がしねぇんだよな……こーやってくっついても気色悪いとか全然思わねぇし。銃兎もそうだろ」
「……そう、だけど」
「何なら抱く前より銃兎のこと知れて、今日の方が昨日よりずーっとすげぇ好き」
「そ、それは、左馬刻の気のせいなんだ」
「気のせいか。お前にキスしてぇって思ってんのも?」
「それも錯覚だ。左馬刻の勘違いで、」
「だったら試してみねぇと」
「ん、ん……っ」
「はは、真っ赤になっちまって。かわいいウサちゃんだな」
「………さまとき…」
「別れんのかよ俺ら。……俺が銃兎のこと嫌いになったらで良くね? それまで俺様と付き合ってろよ」
「………」
「銃兎が俺様を捨てて他のヤツんとこ行ったら、ソイツ殺したくなっちまうな。何人でも殺しちまうかもしんねぇ。組に根回ししてよぉ、理鶯にも協力してもらうか」
「は!? おい待て、それは」
「だって銃兎は俺様のモンなのに、ベタベタされたらムカつくだろ。そんなヤツ殺してもしょうがねぇよなァ?」
「やめろよ、揉み消すの俺なんだぞ……! それにもしお前らに何かあったら俺は」
「じゃあウサちゃん俺様と別れるのナシにしよーな」
「う……」
おうおう困ってやがンな。眉を寄せて難しい顔をした銃兎は、しばらく沈黙した後で諦めたように眉を下げた。
「……左馬刻にそう言われると、別れない方がいい気がしてきた。ヨコハマの平和の為にも」
「おう、付き合ってよーぜ。ウサちゃんが俺様から離れなければ何も心配いらねーだろ」
「その発言が不穏なんだが……」
「明日からも俺様がウサちゃんの彼氏でいいよな?」
「……俺は左馬刻が好きだったから、お前と付き合えて、セックスもできたのは嬉しいけど」
────左馬刻が俺のこと好きじゃなくなったら言えよ。
優しく念を押すように銃兎は言った。物分かりのいい年上の男の顔をして、まるでそれが左馬刻の未来の為になるから、とでも言うように。そうか、俺が銃兎のこと好きじゃなくなる日が来るってまだ思ってるんだなコイツ。ドロドロしてて何度擦ろうが拭おうが消えない独占欲がバレてないなんて、やっぱりお前は時々バカなウサちゃんだよ。そういうところも好きだ。危なっかしいから俺様が付いててやらねぇとな。
「分ァったよ……銃兎の言う通りにしてやるから……そしたら俺と別れんのナシにしてくれるだろ?」
「……そんな、らしくない顔するなよ」
「うるせぇ。銃兎が急に別れるって言うから不安になったんだろうが……じゅーとのバカ。俺様は悪くねぇ……」
可愛げのある年下の甘え方。銃兎はコレに弱くてすぐ絆されるって付き合う前から知ってたぜ俺は。案の定、銃兎がさっきとは別の意味で弱った声になる。
「すまない……なぁ左馬刻、ごめんな。拗ねるなよ……朝メシもありがとうな。何作ってくれたんだ?」
取りなすように銃兎の手が伸びて、ようやく自分から俺の肩に触れた。そのまま腕を回して背中にまで触れてくる、ようになったのは付き合ってからだ。
なぁ、いくらでも俺のせいにしていいぜ。いつか銃兎が『お前のせいだ』って怒ろうが泣こうが俺は変わらねぇんだ。丸め込んで甘やかして宥めすかして、振り回して困らせて好きにさせて、お前のこと一生離す気ねぇよ。お前のせいで離れられなくなったなって諦めて笑う未来がきたら、それは俺様も同じだって言ってやる。
