尾籠な話

「………あんだ、これ?」

 雲ひとつなく晴れた、風のない夜更けだ。星も穏やかに瞬く中、土方十四郎は思案げに首を捻った。

──開かねェ。
 いつもは簡単に開く筈の、施錠もされてない筈の引き戸が、今日は何故か開かない。侍魂と渾身の力を込めて開けようと試みたが、やはり戸はびくともしなかった。

「……んだよ」

 この施錠された障壁が開かなければ、部屋の中には入れない。つまり、自分は厠へ行けないということだ。一人ヤケ酒をして気合を入れ、やっと屯所からかぶき町の五丁目まで来たというのに、ここに来て、さっきからずっと催している出したいものが出せない。状況は最悪だ。切迫している。

「か、厠……おしっこ……」

 土方は今まさに催しているソレの名を呆然と呟いた。いや、呆然というより絶望であった。
 尿意は猛烈な勢いをつけて加速し、土方の膨れ上がった膀胱を物理的に圧迫していく。
 しかしいくら頑張って念じようとも厠に続くだろう万事屋の引き戸が開かれることはなかった。
 女でないからといって、こんなところで立ち小便など出来ない土方である。
向こうからしてみれば土方など孕まない都合の良いセフレだろうが、土方にとっては生き様から心底惚れている男の家の前だ。
 今更の話かもしれないが、立ち小便などしてこれ以上に嫌われるようなリスクは避けたかった。
 けれど現在の土方には他の厠を探す猶予さえなく、なんなら階段を降りる振動だけで危うい気がする。
 くそ、やべぇ。漏れる。漏れちまう。自覚してしまったが最後、動けないのだ。ここから一歩も。
……駄目だ。漏れる。
 限界を感じた土方は、着流しの袂を探る。文明の利器を取り出した。ボタン一つで物事が解決する、とても便利な道具だ。正しくは物事を解決してくれる人物に繋がる便利な道具だ。
 呼び出し音は3コールもしない内にすぐ途切れ、件の人物に繋がる。

「あれ、副長? 出かけたんじゃなかったんですか? 何かありましたか」

 聞き慣れた声がする。呑気なその声を耳にすれば、後は何とでもなるだろうと確信した。

「おしっこ漏れる」
『…え、えええあああっ? 副長? おしっこ? 副長がお、おしっこ…? おしっこってあの、うォわわわっ?! 怖いよ! 勘弁してくださいよ旦那! 俺の酒がァァァッ!』

──ドタドタバタッ、
──ガシャン!
 電話口から伝わってきたのは粗雑な動作音。ガシャン!とコップが割れるような音。「ひいい、違います! 俺は何もしてねェんですっ!」と山崎が何者かに必死に訴える声。その後、面倒臭そうな溜息と一緒に潜めた声が土方の鼓膜を振動させた。

『……どこにいんのお前。場所は?』
「!? ……よ、万事屋だ。なんでテメェが屯所に、」
『万事屋ぁ? ……ほんとオメーってやつは変なところでそうやって銀さんを振り回しやがって……まあ良いけどよ、絶対ェそこから動くんじゃねーぞ』
「あ……ああ」

 一言で、なんなら初めの僅かな息遣いだけで、土方は向こうの相手を察していた。結局用件だけで、山崎とは碌に会話もせずに切られた電話だが、驚きこそすれ逆らってやろうとは思わない。
 もし仮にそんなとこに居られんのは不快だから今すぐ退け、失せろと言われても、股間の水風船が膨れてはちきれそうで碌に動けない状況だ。素っ気ない会話だが「動くな」と言われたことにひとまず安堵し、土方は内腿まで捲れ上がった着流しの裾もそのままにぺたりと玄関前に座りむと、大人しく助けが来るのを待った。言いつけを完遂するのだ。
 しかし、安心したせいか夜更けのせいなのかヤケ酒のせいなのか、今度は猛烈な睡魔に襲われる。……眠い。
 尿意を抱えたまま土方の意識はプツリと途切れた。意識を手放す直前、微かな原付のエンジン音を聞いた気がした。
 
 
◆ ◇ ◇
 
 
「ん…………」

 寝室の窓から漏れる光が白く眩しく、土方はうっすらと瞼を開けた。
……朝か。いま何時だ?
 いつものように枕元にある時計に手を伸ばす、と、それはジャスタウェイ時計だった。こんなもの、自分の部屋には無かった筈だ。

「い……! ってぇ」

 途端にぐわんぐわんと脳みそが揺れるような感覚に襲われ、再び枕に突っ伏した。
痛ぇ。何だこれ死ぬんじゃねーか。
 完全にただの二日酔いだったが、土方は余りある頭痛にこの世の終わりを感じた。酒が抜けきっていない気もする。最悪の目覚めである。
 昨日は三件目の居酒屋に行ったところまでは覚えているし、万事屋へ行ったことも分かる。しかし、その後の記憶が全くない。

「とりあえず、風呂……あ? この服は、たしか……」

 寝間着だ。どうやら眠るにあたって着替えたらしいが、それにしては妙なのは、この衣服は自分の物ではない。夢なのだろうか、これはアイツが寝るときに時たま着ていた筈の甚兵衛だ。何故、己が着ているのか。

 どうせ酔い潰れて風呂に入っていないだろう。それなら風呂に入ろうと思った土方だったが、汗によるベタつきや酒臭さは身体から消え失せていた。
二日酔いで頭痛はするが、これなら風呂に入らなくとも良いだろう。土方は重怠い身体を叱咤し起き上がる。

「よォ。起きたのか」

 その瞬間。冷え冷えとした声が聞こえてきて、土方はピシリと硬直した。
 え、なんで? そう驚くよりも先に全身からダラダラと冷や汗が流れる。いや待て。落ち着け。うん。
 ……え? なんで?

「目覚めはどうだ?」

 寝室の入り口へ緩く凭れ掛かりながら微笑を浮かべる惚れた相手。表っ面を見ただけなら甘い世界が始まるところだろうが、土方はこの世の終わりを感じた。
 ギクシャク、ぎごちなく首を縦に振る。返答は出来ない。夢ではなかったのだ。夢ならどんなに平和だったか、などと考えても無駄なことである。

「で? 昨日のことは覚えてんだろうな?」
「…………」

 沈黙。そもそも何で万事屋の部屋で寝てたのかも覚えてねぇ、とか言ったらどうなるんだコレ。
 沈黙。目の前のコイツは口から生まれたのかというくらい弁が立つ男で、コイツの前で上手く言い訳なんか出来る筈がない。
 沈黙。記憶が無い分、下手に動くと不利になるのは迷惑をかけたらしい土方の側だ。
 土方は沈黙しつつ、思考を巡らせる。
 万事屋──坂田銀時が不機嫌なのは痛いくらいに伝わってくる。
 腹が立っているなら普段ケンカする時のように怒鳴り、罵り、睨み据えて胸倉掴んでくれた方がずっと良かったし困らない。
 しかし銀時はにこりと微笑みながら威圧してくる。普段はマダオでアホで足臭ニートで天パなのだが、こういう時の男は正直恐ろしい。鬼畜でドSな総悟と引けを取らないかもしくはそれ以上の底知れなさを目の当たりにしている。

「……そ、その、昨日は飲み過ぎた」
「だろうな。ヤケ酒か? 確かに先週会った時は気まずくなっちまったし、解らなくもねーよ」

 その通りだと、土方は思う。先週呼び出されて身体を重ねた時に、銀時が心無いことを言ったのだって、十二分に悪いだろう。
 
 
 
『野郎のチンコ咥え込んで悦んでるんだ? 淫乱。ドM』
『乳首も感じるんだろ? 舐めてやるよ、逃げんなって……ハ、きゅうきゅう締まった、気持ちいー」
『尻穴っつーかこれもうマンコだろ。奥までずっぽりチンコ突っ込まれて善がってよォ』
『もう女なんか抱かせねぇよ。つーか抱けねぇだろ? 雌になっちまってるもんなァ』
『……違う? 違わねェだろ? ん、んッ! …ここ突かれると、どうなっちゃうんだっけ? ……そうだよ、分かってんじゃねェか……イけよ、イっちまえ』
『万事屋じゃねーだろ。いやらしい土方くんに付き合ってくれんのは、誰だっけ?』
『そうそう、俺だけだよな、ほら! ッハァ……、十四郎いくの? いっちゃう? 泣き顔も最高だわ」
『ダメじゃねえ、イクんだろ。あんあん声出しても引かねーから、我慢すんな』
『またイきそう? 十四郎のGスポット、我慢できねぇもんな。チンコからミルクも潮も垂れ流しだもんなァ』
『ミルクと潮、どっちが出そう? 教えて』
『そしたらさ、………だよ。分かった? ん、恥ずかしいね。恥ずかしいこと言って?』
『良いよ、びしゃびしゃ漏らしてイってみな。副長さんなら出来るだろ?』
『すご……とろとろになってるぜ。脚もっと開いて見せて?』

『ヒッ、ああァッ、うぅ、あ、見ないでぇ……銀時』
『いく、出る、汚すからチンコ許してくれっ』
『いっちまう、そこ……ぁあああ! ヒッ、突かないれぇ! しょんなにしたらぁ、よろずやぁあ……だめ、あ、ぁぁ、ぎんとき! ぎんと…ああん! ひぅう……くぅんっ、んっあんっ、ああァ…ァんっ! ぎん、ひぃぃっ! んあ、ああァア……ッ!』
『らめェ、いったの、くる、キちまう、またクる、イくの……!』
『と、十四郎は、銀時におま…こ、されてぇ、雌のお漏らししますッ』
『淫乱チンポから潮吹きしますっ! もう、もう出るぅう……! 銀時っぎんとき、ぎんときぃ……!』

 ──思い出すだけで切腹したくなる痴態。走馬灯のように浮かぶ卑猥な情景の数々。
 いやらしい言葉を何度も囁かれて、銀時に辱められた。言葉だろうと肉体だろうと嬲られて嬉しくなんかない筈なのに土方は女のように感じ、腰がビリビリと甘怠く痺れた。興奮で粒立った乳首を舌で嬲られると銀時の言うように震えながら感じたし、よく動く指先で執拗に捏ねられれば快楽で涙を零した。
 蔑んだ冷たい言葉を浴びせられようとも身体が自然と悦びに打ち震え、押し付けられた腰で荒っぽくガツガツと胎内を貪られて味わう余裕も無く肉襞を乱暴に犯される。
 堪らずに背を仰け反らせ、悩ましげに髪を乱しながら頭上のシーツを引っ掻いて足掻く。
 容赦なく抉られた前立腺で土方は銀時の女になったように射精せず遂情したし、反対に射精を伴う遂情もした。怒張から青臭い精液を射精し、そのあとは透明で匂いも薄い汁をびゅくびゅくと吹き上げる。

『はぁ、ハァッ……ひじ、かた…土方…ぁあっ……く、うッ……んん……』

 そして最後の最後、尻の奥で熱いものを出される感触も望んでいた。雄としても雌としても達して尚、銀時の名を呼びながら迎える絶頂も確かに欲していたのだ。たっぷりと濡れ、熟れた肉壺を揉みくちゃに擦られて、男が獣のように呻く声を聞いた。

『あー、すっきりしたぁ……うっかりゴムつけんの忘れて中出ししちゃったなァ。土方くんのナカ気持ちいいし、すげぇエロいし可愛いし……種付けしたくなるのも、しょうがねぇよな』

 けれど必死な自分とは反対に、まるで余裕な顔をして笑う態度に、その時の土方は苛立ったのだ。

『……俺に種付けたって、しょうがねぇだろ』
『え、ひじかた怒ってるの?』
『怒ってねぇさ。腹を立ててるだけだ』
『同じ意味だろ。急にどうしたワケ? 冷静になって賢者タイムですかぁ? お前が雌イキで潮吹いたの、俺はちゃあんと覚えてるからな』
『黙れ、下品なんだよテメェ。来週は会わねえし顔も見たくねぇ』
『はあ? お前なに言ってんの?』

 その先は、もう覚えていない。憎まれ口を叩き合い、事後の情緒など欠片もなく、もちろん後朝など迎えもせず宿を出て行った。
来週。それは平日だが、土方にとっては特別であった。多忙なスケジュールの中で、一番銀時の誕生日に近い日だったのに。それなのに会わないと言い捨ててしまった。だからこうして諦めきれず、酒に頼って万事屋まで来てしまったんだろう。

「あん時は俺も悪かったと思ってる。お前が許してくれてるからって、ちょっと言い過ぎたな。お前見てると妙にムラムラしちまってよォ……下に見てるとか絶対そういうんじゃねーんだけど、なんつーか、ギチギチに縛りつけて射精して潮吹かせて奥までチンコ突っ込みてぇんだ。尻の奥まで突かれてひぃひぃ泣きながら、またいく、出る、もうイクって汗だくでイキまくる土方を見てると、堪んなくなる」
「具体的に説くなバカ。ドSの考えを熱弁されたって理解できねぇよ……俺も、昨日は来るだけ来て迷惑かけちまったみてぇで、すまねぇな……つーか屯所に用事でもあったのか? 邪魔させたか」
「用事って言うか、アレだ……たまたま行ったら屯所の奴らが呑み会しててよ。あんなむさ苦しい野郎だらけのトコに用事なんかねぇよ」
「……ああ。騒がしいのは好かねェんだよ」
「好かねェから一人で酒飲んで酔い潰れて……ウチに来てくれたんだ?」
「調子に乗んな。暇人の間抜け面でも見て行こうかと思っただけだ」
「……顔も見たくねぇって言ってたじゃねーか」
「ふん。また喧嘩がしてぇのか?」
「やめとくわ。お前が万事屋の玄関でションベン漏らしたらどうしようかと思ったし」

 いやー、あん時はマジで焦ったな。
 銀時は普通のことのように言ったが、土方には衝撃の事実である。

「よ、万事屋……。俺ァ昨日……なにをした?」

 本音を言うなら、聞きたくなんかない。どうしても嫌な予感がする。だが一時の欲を発散するだけの関係とはいえ、自分がこの男に迷惑をかけたらしい。そんな己の行動を知らぬ存ぜぬでいられる程、土方は厚顔ではなかったのだ。
 銀時は土方の問いかけに、思案げな表情を浮かべた。

「……俺としても万事屋の入り口がションベン塗れになっちまうのは良くねぇと思って? 騒いだらババアにどやされると思ったし……屯所からここまで、急いで帰ってきたっつの」

 ションベン。二度目の言葉だが、何度聞こうと心穏やかでは過ごせない。ションベンといえば小便のことだろう。

「……ションベンって、何の話だ」

 絞り出すような声で会話を続けようと試みる。土方に昨夜の記憶がないことを察したのか、銀時は緋色の光彩を静かに湛えたまま、口角だけを釣り上げた笑みを見せた。
 しおらしい態度はどこへしまい込んだのか。「もしかして覚えてねぇの? ……そうなんだ」。それは行為の最中によく見る、はしたない土方を眺める時の、愉しそうな銀時そのものだった。きゅんきゅんと場違いな性感が土方の下腹に燻る。

「おしっこ漏れちゃうんだろ? 土方くん、電話でそう言ってたじゃねェか」

 ……あまりのことに、土方の思考回路は理解することを拒否した。もう一言の返事さえ出来ない土方を眺め、銀時は満足げに瞳を細めた。

 
◇ ◆ ◇
 
 
 おしっこ電話を受けた銀時は、間髪入れず急いで土方の元へ駆け付けてくれたらしい。当の土方本人は下着を脱ごうとでもしたのか、捲れ上がった裾から太腿を際どいところまで晒し、黒のボクサーパンツを覗かせながら万事屋銀ちゃんの入り口前で寝こけていたという。
──まさかもう漏らしちまったのか?!
 焦ったが辺りは濡れていなかったので最悪の事態は免れたようだ。しかし万事屋の前、つまり人の目にも付く屋外でそんな無防備な姿を晒していた土方に、家主の機嫌は一気に急降下する。

「ったく、おい、起きろよ」
「ん……んん?」
「とりあえず部屋に入るぞ。話はそれからにしてやる」
「う、ぅぅ……」
「……土方?」

 もじもじと膝を擦り合わせて口籠る土方の様子に、平生でないものを感じた銀時は怒りも忘れて尋ねた。

「う、動いたら、もれる」
「…………」
「ぁ……っ、もう」
「待て待て待て待てェェェ! あと十秒! 十秒だけ我慢しろ!!」

 銀時は乱暴な音を立てて鍵を開けた。土方が『不用心だろ』とか心配してくれちゃうから今日は外出前に鍵をかけてみたのに、行動が裏目に出ているとしか思えない。肩に担ぎ上げ、厠へ続く短い廊下をストライドで走行する。銀時も必死だが、振動に激しく膀胱を刺激され、堪える土方も懸命であった。

「よろずや! で、でる……ッ」
「あと三秒ォォォォ!!」

 バンッ。銀時は厠のドアを破壊するような勢いで開けた。土方を個室に押し込めるように入れる。

「よし!いいぞ!出せ!」

 というところまで来て、我慢のしすぎで逆に出ないというハプニングが起きた。なんとも腹の痛い話だ。
 
 
[newpage]
「で、出てこねぇ……っ」
「…………」
「よろずや、うう、おしっこ出ねぇ……っ」

 情けないこと極まりない。個室のドアを開けた土方は助けを求めるように銀時の顔を見つめた。
 アルコールと尿意は土方の涙腺までをも破壊したのかじんわりと涙が浮かぶ。つう、と透明な雫が頬を伝って落ちた。銀時の表情が僅かに強張り、それから溜め息をつく。

「……ハァ…何お前。酔っ払うと小便も一人で出来ねェの?」
「っ、……っ」
「ほんと、どうしようもねぇな。ジミーに電話してどうしてもらうつもりだったのお前。俺を呼べっつの」
「……ああ、おまえ、万事屋だったな……」
「今は万事屋の話なんかしてねーだろ。夜中に呼び出されてシッコ出す仕事なんざ受けるかよ……想像すんのも気色悪いわ」
「………」
「ほらパンツ脱がせんぞ。そんなショボくれた顔して……腹だって痛ぇんだろ? ……しょうがねぇから、ジミーじゃなくて俺がやってやるけど。つーかお前、無防備すぎんだろ。副長が外でパンツ見せて酔いつぶれてんじゃねーよ。誰かに見られてねえだろうな?」

 冷たく蔑むような言葉と裏腹に優しい銀時の手つきに、しかし土方は気づいていない。これまでずっとそうだったのと同じように。

「……ああ。てめぇには変なもん、見せたな」
「すまねェ、とか言うんじゃねーぞ。謝んな。俺はお前のあんなところやこんなところも見てるんだから、今更だろうが」

 土方の腰を抱くようにして、銀時が後ろからフニャリと柔く萎えた性器に触れた。

「ぁ……、?」
「緊張してんだろ。出るもんも出ねぇよ? 力抜いてろって」

 ゆるゆると揉むように扱かれて、ぞくぞくと尿意とは違う何かが背中を走る。

「ぁ、ッふ、ぅ……ま、っ、まて」

 不利な姿勢ではあるが、銀時の腕を抑える。立っている両足がガクガクと震えた。もはや、立っているというよりは銀時に支えられているに近い。重いだろう。面倒だろう。恋人でもないセフレ、しかも男の、こんな行為に付き合わされているのだ。酔っ払いの力では充分な抵抗も出来ず、土方は羞恥と情けなさにまた涙を零した。
 銀時の指は緩やかに動く。そこからジワジワと下半身に広がるのは尿意ではなく、快感だった。放出できないので尿意は消えないまま、銀時の手技を受けて性的に感じてしまう。こんなのは不純で、銀時に申し訳が立たないと分かっているのに、

「待て? ……待たねえよ」
「はぅ、んあっ……う、く……」
「出したかったら出していい。今日は床に零してもデコピンで許してやっから……出せよ、土方」

 そんな風に、耳元で熱っぽく囁かれると弱いのだ。
 銀時が幹を擦ると、くちくち水っぽい音が僅かに響いてくる。先端を指で摘まれた。クリュクリュ、くにゅくにゅ、捏ねるように弄られて今度こそ漏らしてしまったかと思ったが──トプトプと鈴口から溢れた「それ」は尿ではない。透明で粘り気のある先走り汁だった。

「ぁ……ぁ……あ……っ」
「……土方、これエロい方の汁だろ。出すモン違うんじゃねェの……?」

 とっておきの秘密を教えるような甘い声で、銀時が囁く。土方は身震いする思いで首を振った。そんなものを出そうとしたわけじゃ、ないんだと。

「あ…って……だって、きもち、ぃ……」
「恥ずかしくねぇの? 気持ちいんだ?」

 先端の小さな隘路が銀時に責められる。
 緩やかな刺激は気持ちよくて、はしたないと言葉で叱られて、ますます煽られた。土方は勃起したペニスから薄すらと白濁混じりの涎を溢れさせ、銀時の指をくちゃくちゃ音が立つほど濡らしてしまう。

「あっあっ、ぅあぁ……、んん…!」
「ヌルヌルじゃねーか。銀さんの手を本気汁まみれにしろなんて言ってねーけど?」

 銀時は揶揄うように囁くと、先端に押し当てた人差し指で、見せつけるように糸を引いて見せた。

「あーあ、土方くんの本気汁で手が汚れちまったなァ」
「ふ……! んんんぅ、ッ、んあ、うう!」
「暴れんな。先っぽの穴ヒクヒクして欲しがってるくせに」
「あ、ぁ……先っぽ、ぐりぐりィ! やだぁ……もっと、こすって……!」

 我慢できず銀時の手に自分の手を重ねて、自慰の真似事をした。いつもみたいにもっと強く扱いてほしくて、甘ったれた声が出てしまう。ぽた、ぽたと便器に垂れたのは、やはり小水ではなく先走り汁だった。

「……ったくテメェはよ」
「あ、ぁ……ひうぅ」
「先にこっちのミルク出しとくか。そうすりゃ、おしっこも出るんじゃねーの」

 俺とこういう関係で良かったな。そうじゃなきゃ誰がこんなことしてくれるよ?
 銀時が問いかけてくる言葉に頷けない。合意してしまえば、本当は、それ以上の関係を。心を、望みたくなっているのだと、知られてしまうかもしれないのが恐ろしかった。

「よ、よくねえ……よ。今日だって、別のヤツの方が、良かった」
「……ああ、そう。別の奴って誰? 俺の知ってるヤツ?」
「テメェ以外なら誰でも……っあああァ?!」
「へーえ、そうなんだ~」

 土方の返事が気に入らなかったのだろう。銀時は酷薄に笑うと、土方の手を無視して肉茎を扱き上げる。土方の腰が震えて限界を示すと、その手を離してしまった。

「ぁん、ああッ……よろずや、よろずやっ」
「心配しなくても、ちゃんとイかせてやるよ。ただし小便も俺の前で、十四郎がお漏らしするところを見て下さいって言わねぇと許してやんねぇ。ガキみてぇに、あんよ広げておしっこ出すの気持ちイイだろうな〜。自分でちゃんとおしっこできるように、俺が指導してやるよ」

 銀時は涼しい顔をして笑っているが、親切かつ変態的な言葉面を並べる瞳には滾る欲情が感じ取れた。怒らせたのだろうと悟り、何かを言おうとするが、喉に到達するまでに全て押し殺されたまま出てこない。

「全裸になれ。今ここで素っ裸になれよ」
「でも…俺…っ」
「だったらジミーでも呼ぶ? オメーの携帯で連絡してさ、他の奴にも『真選組鬼の副長』の勃起チンコ見てもらおうか」
「……っ、…」

 銀時は口元に歪な笑みを浮かべ、凍てつく色を宿した瞳を細める。
 土方は狭い厠から一度出ると、帯を解いた。着流しを肩から落とす。下着も脱ぐと、当たり前に服を着ている銀時と、風呂でもないのに裸になった己との対比が土方の羞恥を一層強めた。

「いつまでも廊下突っ立ってるんじゃねぇよ。来い」
「や、……っ、ゃだ、嫌だっ! てめぇにしか、こんな……見せたくねぇ……ほかのやつ、呼ばないで……!」

 堪えきれず涙が頬を伝っていた。土方を押さえつけて携帯から電話をかける、銀時にしてみれば造作もない行動だろう。
 けれど、銀時にそんなことをされた時の自分は酷く惨めで、どうしようもない。矜持もプライドも滅茶苦茶に壊されたら、この先自分は真選組の副長としても在れなくなるのではないか。
性玩具のように扱われ、言葉で辱しめられ、淫らな自分を晒す──それは惚れた相手の前だからこそで、銀時にしか見てほしくない。
 土方が途切れ途切れに、だが懸命にやめてほしいと訴えれば、それまで冷たい視線を向けていた銀時が目を丸くするのが分かった。

「土方……?」
「いやだ、万事屋……頼むから、っ、やめてくれ、ぎんとき……っ」
「あああもう、バカですかオメーは!? 他の奴になんざ見せるわけねェだろうが! ちょっと虐めたくなっただけだから! プレイで言ってみただけだから! 泣くなって……そんなにヤだったの? 大丈夫だから。こっちおいで」
「~~っ、ばか、ばかやろう…っ、俺が、どれだけ……死ねクソ天パ野郎!」
「お前だって悪いだろ? 他の奴なら誰でも良いってセリフ、忘れたとは言わせねぇからな。撤回しろよ。俺だけだって言え。……俺が好きだって言ってくれたら、もっと優しくしてやれると思うし」
「は……? す、…そんなこと、そんな、軽いノリで言えるわけねーだろうが……!」
「……そうだよな。俺みてぇな奴に、お前が言うわけねぇ……ハハ、良かった良かった、まァその方がイジメ甲斐もあるしなァ」

 不穏な言葉が最後に聞こえたが、それよりも酷な要求を逃れられた安堵の方が優っていた。「それ」を言ったら、ご褒美だと優しくされたら、誤魔化しきれなくなっていたかもしれない。軽い戯れで言える銀時とは違う、この重くて面倒な本心を銀時に悟られたら一貫の終わりなのだ。
 土方をあやすように抱きしめてくれた銀時は一度寝室へ戻ったが、程なくして姿を見せる。そして便器の前に立っている土方へ、なんでもないような声で命令を告げた。

「んじゃ、気持ち良さそーにチンコしごいてオナニーしてみろよ。俺は触ってやらねぇ」
「そんなの出来な…っ」
「”おしっこ漏れる”とか電話で言ってたくせに、今更恥ずかしいの? 大丈夫だって、嫌でもやらせてやるからよ」

 小さなチューブを取り出すと、その中身を土方自身に塗りたくった。白いクリーム状のそれはすぐにとろけて馴染む。可視も出来なくなったのだが、

「や…!? ひぅうっ……あああっ、あつ……あついィッ」
「熱いの? どこが?」
「あついッ……クリーム、塗られたとこが……!」
「そっか、大変だねぇ土方くん。オナニーしたら楽になるよ? …思う存分シコシコしな」

 銀時は目の前で、じっと土方の性器を見つめる。媚薬でも塗られたのだろう。勃ち上がって透明な蜜を零すペニスは、ジンジンして熱く疼く。我慢できない。「シコシコ」したい。熱に犯された身体が本能に支配されてゆく。

「や、や、みな…でぇ! ああっ、んん、ううっ…~っ、ふ、アアッ……!」

 やがて土方の五指は勃起したモノを包むように握って、上下に擦り始めた。銀時にじっと見つめられながら、性器をしきりに忙しく扱きたてた。とめられない。きもちいい。銀時が目の前にいるのに、自分は全裸でオナニーして腰をヒクつかせている。

「みないで……見ないでぇ……ひ、ああっああ、あっ! ンッンッ、きもち…っ」
「淫乱。見られたいんだろ? 俺の目の前でちんぽおっ勃たせて弄くってるのは土方くんだよね。先っぽもびしょびしょに泣いちゃってるよ? 慰めてやらねぇと」
「ん、先っぽ…ひう!?ぅあぁん! じんじんする、の…ヒィ、ああ…ああ…」
「先走り汁、零すなよ。おしっこの穴に塗りつけて擦れ。…もっと優しく。うん、上手。だらしない顔して可愛い……乳首ぷっくりしてるから、摘まんで挟んで、コリコリしてやろうな。……え? 嫌じゃねーだろ。裸んぼになったのは土方くんなんだから、乳首でアンアン声出せよ」

 ぷっくり存在を主張する淡い褐色の両乳首は、銀時の人差し指と親指に挟まれて、紙縒のように転がされる。敏感な粒立ちへの愛撫は、土方の背をしならせた。

「ぁあぁ……っ!やめへ、え」
「こうやって、くりくり転がされるのは?」
「んぁああぁ…あんっ、んん、だめ、だめ…っ」
「土方、手が止まってる。終わりにするか?」

 土方はかぶりを振った。指は熱の解放を望むように、自身の肉棒を責め立てた。ぐちゅぐちゅ、ぐしゅぐしゅ、濡れた卑猥な音。

「良い子だな。あんまり早くイッたら練習にならねえし、これで耐久力つけてみろよ」
「…っ!?」

 銀時は、土方が勝手にお漏らししないように、おしっこの穴に綿棒を差し込んだ。

「はぁん…っ、んや、イけねぇ、ぅああ…!」
「俺が言うこと守れたら抜いてやるよ。そーだなぁ、我慢して沢山シコシコしろよ。どうしてもイキそうになったら俺にやらしい言葉で報告して?」
「……っ」

 握っているだけでビクビクと拍動する熱が分かった。恥ずかしさよりも気持ちよくなりたい。
 土方は指を滑らせ、上下に扱きたてた。何度もすると堪らなく射精したくなる。銀時が乳首を指で挟んでコリコリするとペニスが沢山濡れた。尿道に嵌った綿棒を抜き差しされるとそれすらも快感だった。

「あっ、ぁあ……ひあああっ、ん、ふうっ」
「腰クネクネさせて……感じてんだろ。綿棒キモチイイ?」
「ああっ、だ、めだ、もう…」
「イク? 早くねぇ?」
「んぁああぁ…めんぼー、うごかさない…で」
「ムズムズするんだろ?おクスリ塗りたての綿棒だからな」
「そ、そんな……っ!? ずるい、ぁああん!」

 乳首を触っていた手は、土方の手と重なって、一緒になって反り立つ性器を可愛がった。玉袋をやわやわと揉まれ、きゅんとせぐりあがる。
ヌチュヌチュ、ちゅぽちゅぽ、いやらしい音が興奮を誘う。

──ぁあ…あ、もうダメ…!
──おチンポから精液出したい……っ!!

「やぁぁあん…っ! ふ…っ、も…ムリ、だ! 限界……ッ、ヒゥ!」
「出して良いよ十四郎。お前も俺の名前呼んで?」
「んぁ、ぅあァ……銀時、ぎんとき! めんぼー、抜いてぇ…!それイヤ、嫌だっ、んんん!」
「知ってるよ。お前、俺にこうされるのも嫌なんだよな。知ってるけど…今更、やめらんねーんだ。癖になっちまう」
「あっ……銀時?」
「なんでもねぇよ。淫乱な十四郎はいやらしい変態おチンポから精液ミルクお漏らししたいです、くらいは言ってもらわねぇとな」
「………」
「言えねーの?」

 後ろから責め立てられる所為で、銀時の表情を窺う余裕がなかった。ぢゅぽ、ぢゅぽと先端がグズグズに潤けた媚薬綿棒を尿道の小さな穴に抜き挿しされて、淫らな喘ぎ声が迸る。土方は必死で足を踏ん張った。
 いつからだろう、いつから、銀時はこんな声で話しかけていたんだろう。思い出せない。出したい。あとは精液ミルクのお漏らしを見てもらうだけだ、変態おチンポ見てください──銀時の言う通りに。そうだ、本当は初めから、ただ銀時を、好きな相手を喜ばせてやりたいだけだった。今だって表情こそ見えないが、分かる。そんな顔をさせたいわけじゃ、ないと。涙が何度も溢れた。銀時はそれを見て満足したのか、ちゅぽ……っと音をたてて、優しく綿棒を抜いてくれた。ポトリ、綿棒が床に落ちる。
 ──今、だ。今しかない。
言うべきなんだ。銀時にそんな顔をさせない為の言葉がある。耳元で正解を囁かれなくとも、土方は困らなかった。

「嫌じゃねぇよ、ぎんとき」
「……へ?」

 促されることも教えられることもなく、本心から正解を囁くのは初めてだった。神経は昂り、顔は火照る。身体の芯を快楽で溶かされたのに、緊張していた。角度を付けて大きく勃起した己の肉棒を土方の尻に押し付けていた銀時は、気の抜けた声を発した。日常的に馴染みのある男の顔を想起させられ、土方は少しだけ笑った。

「嫌じゃねーんだ、俺は。…こんなことされても、何をされても、テメェにだったら」
「……それ、マジで言ってんの?」
「本気じゃなきゃ、ここでこんなことされてねぇよ」
「………っ、男前すぎて敵わねぇなホント。えっちなイキ顔にしちまうもんねー」
「っひぅぅ!? テメェ、それ…ぁ…あああぁあっ!!」

 びくびく、ビュルッ、ビューッビューッ……我慢がきかなかった。最後まで言えないまま性急に手淫を施され、土方の堪え性もない淫乱な身体は絶頂してしまう。勃起した性器から噴き出したそれが銀時と土方の手を汚した。ひくん、ひくん、と腰が震える。

「ふぁ…あ、ぁあ、んんっ……は……。わ、悪ぃ、拭かねぇと」
「今週さ、俺誕生日なんだよなぁ。プレゼントくんない? こっち向いて」
「は…ん……ふ……っ?」

 キスをするのは初めてだ。優しく重ねられただけのそれは、呼吸を奪ったり熱を引き出すようなキスではなかった。軽い感触のそれはすぐに離れ、再び重ねられる。
軽いけれど執拗な口付けが続いた。銀時がこんな、戯れのようなキスをしてみせる男だと初めて知った。

「土方……」

 やっと解放されたと思ったら、身体を向かい合うようにさせられる。銀時は今度は両手で土方の頬を包み込む。

「ぁ……よろずや?」
「もう一回……今度は口、開けてみろよ。あーん」

 あーん。誘われるままに口を開けば、銀時の熱を纏った舌が入り込んできて。土方の舌は掬うようにして絡め取られた。きつく吸い上げられる。

「ふっ、うんん……ぁ…ふ…」

微かな痺れと共に力が抜けていって、くたりと身を預けた。

「ふ……はは、トロトロじゃねーか」
「……るせ、てめぇが……んな、キスするから……ッ」
「おい、逃げんなって。言っとくけど先に煽ってきたのお前だから」
「離せよっ。距離が近ェ、暑いだろうがっ」
「あと少し我慢しろって。ミルク出してすっきりしたら、出すモンがまだあるだろ?」

 銀時はそう言うと、射精後で柔さを取り戻した土方の性器を撫でる。

「あ……っ」
「出ねぇんならさ」
「……?」

 はくはくと喘ぐように蜜を溢して濡れた小さな穴を銀時の指先がくっと弄り拓く。途端にぶわっと肌が粟立った。

「あっ、やめ………っ!」
「ほら。出しな」

 片手でそうしながら下腹をじんわりと押される。尿道口には媚薬もなくなった筈なのに膝が立たなくなりそうな疼きが湧き上がる。
酒を飲んでからずっと塞き止められていた。今すぐ溢れ出したいと、先端が熱くなっていく。

 射精後の所為か冷静になった土方十四郎の理性が、せっかく想いを通わせることが出来たんだろ、コイツの前で漏らしたら台無しになる、服や床を汚したら嫌われると警鐘する。分かってる、分かってるんだ。
 それでも土方が排尿を我慢しようとすればするほど、銀時の指先は容赦なく土方のペニスの先端を刺激した。絞り出すように、下から上に扱かれる。丁寧とは言い難い男の手つきでマッサージを施され、土方は腰を捩った。

「ひ……っ! やめ、ゃだ……や……っあぁ!」
「お前が俺を呼んだんだ。俺を喜ばせること言ってくれて、ずーっと我慢してたチューもさせてくれて。俺にも応えさせてくれねぇ?」

 残滓のせいか、くちゅくちゅと音が鳴る。水音を掻き消すように土方の声が万事屋の狭い個室に響いた。目の奥がチカチカする。ダメだ。もう、限界だ。

「ふぁ……きもち、ぃ……ゃだ……! ぎん、も、漏れ、る……んんん……っ」
「出せよ。俺の手にぶっかけて?」
「……っ」

 ぷしっ……と、やがて銀時の指の隙間から伝い溢れ出たものが、堰を切ったように次々と流れ落ちていく。流雲の白い単衣もおしっこで沢山濡らしてしまった。銀時が退きもせず、むしろ避けようとした土方の腰を引き寄せるようにして抱きしめたからだ。
 気が遠くなるような羞恥とチョロチョロ出ていくおしっこの感触に土方はしばらく震えていた。内腿を温いものが伝い、すぐに冷えていく。恥ずかしくて堪らなかった。銀時が目の前にいるせいだ。銀時がいたから、普段は当たり前に厠へ行くしお漏らしなんてしないのに、銀時が腹を押してペニスを弄るから、色気たっぷりに微笑んでみせるから、我慢できなかった。
 床に零れたぶんを拭って後始末した銀時は、土方を風呂に誘った。頷いた土方は、じゃあ行くかと短く応えたその声に滲む、サディスティックな欲情の気配にも気づいている。嫌われるというのは杞憂だったらしい。

「さーて綺麗にしねぇと……あれ? 土方くん勃ってる?」
「み、見んじゃねーよっ」

 目の前で銀時に見られている。それだけで浅ましく感じてしまい、土方はペニスの先端に白く濁った先走りを溢れさせていた。

「お漏らしの後はまたイきたくなっちゃったの?」
「違う…っ、勃ってねぇ……」
「そうか? かたぁくなってる気がするんだけど」
「き、気のせいだ」
「閉じてる脚、開いてよく見せてくれねぇ?」
「……っ」
「良い子だな。変態ちゃんのカッコして、ご褒美」
「ぁんっ、あああ〜〜っ♡」

 シャワーの水流を当てられ、びくんびくん。感じ入ってしまう。足をM字に開いて、銀時に愛されることの気持ち良さといったら、もう言葉にならない。

「声が響いてんぞ。もっと聞かせてみな」
「ゃあああ♡つよい、おゆがっ、ちんこ痛ぇよぉ」
「上も下もヨダレ垂らして感じてんだろ。気持ちイイくせに」
「あぁっ♡ダメ、ぎんとき……そんな、」
「土方くん可愛い」
「かわいくなんかね……ぇ、あ、ぁ、やぁあっ、」

 身体の奥の方から、何かがぐんとせり上がってくる。
 押し止めようとしても、その感覚は土方の意思を無視して、ムズムズ、ゾクゾクと訴えてくる。銀時は熱を持て余して泣きそうになる土方を見つめる。以前なら愉悦で弦月に歪んでいただろうその瞳は、愛おしいものでも見るような眼差しに変わっていた。とろりと蜜のかかったような声は、聞くだけで胸の内が溶けてしまう。

「……土方。可愛いし、綺麗だよ。俺には勿体ねぇくらい」
「……ふ、んあぁ…? ぎんとき、すきだ。好き……ぎん、とき」
「……ああ。俺もだよ。俺も好き。お前が酔っぱらってるの知ってて、こんなことして…苛めてごめんな」

 イキそうなんだろ?ちゃんとエッチしような。
 甘やかすような声でもって、玩具と化していたシャワーが止められる。屈まれると、ペニスを近くで見られるのが恥ずかしく、土方は内腿を閉じて隠そうとしたが、亀頭の括れを擦られて力が抜けた。隙を逃すものかと、銀時は上下にスラストする。足を広げられ、中心を遠慮なく扱かれ、ビクビクと腰が震えた。腹に付きそうなほど反った熱棒を愛され、視界が仄白く霞む。

「力抜いて集中しろ。出る?」
「ぅんっ、ああん♡ぎんときぃ……♡」
「はいはい、ここに居ますよー。トロけちゃってエロすぎ。なあ、乳首も弄れる?」
「んっ、んっ…ぁああ♡ぁあぁ……♡」

 粒立った乳首を乳輪ごと指で撫でると発情して敏感な乳首に、じゅくじゅくと快感が迸った。身体が熱い。きっと、今のでペニスから先走りを漏らしてしまっただろう。土方は銀時に言われるまま、撫でたばかりの両乳首を指先で捏ね回した。ピン、ピンと勃起した乳首が指に引っかかって、たまらなく気持ちイイ。

「上手上手。いっぱい撫でたら、指で挟んでくりくりしてごらん」
「ヒィッ…ぁああん♡ぅああん… ♡ ッ、ぎんとき、ぎんとき、いく! もういく♡いくぅ♡」
「ちんぽドロドロだもんな……乳首も触っとけよ」
「んんんぅ……あっ! あァ♡あァ♡ ぎんときっ、ぎんときっ」
「ほら、いくいく。もう足閉じれねぇんだから、大人しくイッちまえ」
「やらぁぁ…、しょんなゴシゴシしちゃ、あぁぁん♡ ひっ、あああ…! くぅん、ひッ、だめ、ダメだ、ぁぁあっ……!!」

 びくびく震える身体が優しく宥められるが、もう片方の手はペニスを絶頂に向かわせる。
──ほんとうに、とろけそうだ。
 銀時の手の中に、一気に上がってきたものを噴き出した。
 どろりとした白い粘液が垂れ落ちる先端から、ショロショロと黄色い液体が流れ出してくる。熱いそれが土方の太腿を濡らし、ほとんどゼロ距離にいる銀時の身体にもかかった。

「ふ、ぅ……ぁ」
「おしっこ出し足りなかったの? すっきりした……?」
「はっ……ん、はぁ、銀時……」

 全て出し切り、力の抜けた身体は色々そのままでも構うことなく銀時にもたれ掛かる。銀時は床に転がったシャワーヘッドを手に取るとひと通り綺麗に流し、それから頭を撫でてくれた。

「そろそろ上がるか? 風呂に浸かりたきゃ、沸かしてやるけど」
「ん……」

 土方は平生より大分ゆっくりとした動作で顔を上げる。上気した頬は快感の余韻に染まっており、銀時の鼓動を忽ち忙しくさせた。

「ひ、土方……?」
「……ねェ」
「え?」

 発情した猫のように擦り寄り首元に懐く。銀時が理解するより早く、

「足りねェ。ぎんときの、これ、ほしい……」

 熱を持ったそこを撫でるのは、互いに全裸の状態では容易いことだった。許可を得るより先に、手が勃起している銀時の肉竿を包む。シコシコと数回だけ往復運動してみたところで「いや駄目に決まってんだろうが!」と結論を出されてしまった。

「……あんでだよ」
「酔っ払いと最後までする気はねーよ」
「ふん。俺ぁ酔ってねぇんだ」
「んっアッ、……だから、そこはイタズラすんなって!触っちゃダメ!」

 尚も指を這わせ、銀時にされたように先端の穴を擽る。指で丸い入り口を撫でてやると、流石に反応せずにはいられないだろう──と思ったのも束の間、仕掛けた手は呆気なく捕まってしまう。だが土方はめげずに、股間に顔を近づけた。銀時の赤黒く主張するペニス。わざと息を吹きかけ、 色めいた笑みで悪事に誘う。

「ひ、土方…!ワガママ言うんじゃねーよ。な?」
「ほしいんだ。沢山ヨダレ垂らしてるの、綺麗にしてやるから」
「………」
「ん…っ、…」

 うっとりしながら鼻先を寄せ、軽く吸いつくようなキスを送る。銀時の太い竿はそれだけで嵩が増えて、大きくなる。嬉しくなって口元が緩んだ。

「……ぎんとき」
「土方っ、くそッ……土方、ッ」

 理性の箍が外れたように、抑えていた銀時の手がぐっと土方の頭を掴んで引き寄せる。が、しかし。

「…………」
「……土方くん?」
「…………」
「…………ったくよぉ」

 土方は銀時のナニを握り、煽るだけ煽ったまま安らかな寝息を立てていた。
 
 
◇ ◇ ◆
 
 
「………生きてるか〜土方くん」
「切腹してぇ」
「局中法度には違反してねぇだろ? まだ早まるなよ」

 羞恥やら忸怩やらショックで顔を見られない。土方はひたすら悶えていた。

──いやほんと、何やってんだよ俺は。深夜に支離滅裂な電話で呼び出して、それでも駆け付けくれた万事屋にシモの世話なんか手伝わせた挙句、勝手に発情して、そんな残念すぎる状況で大事な話をしたかと思えば、風呂で万事屋のチンコ握ったまま寝落ちだと?
それなのにきっちり俺を寝間着に着替えさせて寝室へ運んでくれたコイツの寛大さに頭が上がらねェ。流石は万事のことを成す万事屋だ。普通ならドン引いて愛想尽かされて、そのまま外に放置されても文句言えねェレベルだぞ。

「朝飯食べてかねぇ? 味噌汁の具がキャベツしかねぇんだけどよ」
「………」
「しょ、しょーがねぇだろうが。キャベツだって美味ェんだよ? シジミなんて高級なモン、ウチには置いてねェんだから……」

 シジミが高級食材になるのかは置いておいて、銀時の親切な態度を見れば見る程、土方に自己嫌悪が募った。捻くれたところもあるが情に厚く、今だってこうして甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれる男に、自分はよりによってシモの世話なんかを手伝わせたのだ。
 思い返すと泣きたくなった。いくら同じ男同士で身体の関係もあったとはいえ、他人の小便なんて見たくなかっただろうに。

「……悪かった。本当に」
「へ……?」
「引いただろ。なんて詫びたらいいんだか……ほんと、すまねェ……」

 自分の行動に対して、自分すらも呆れ返るし、聞いた瞬間は開いた口が塞がらない思いをしたのだ。とばっちりを受けた銀時が不快に思ったことは想像に難くない。昨晩はともかくとして冷静になった今、関係解消を叩きつけられても受け入れるつもりだった。
 銀時は覇気のない土方の様子を一度見てから、視線を明後日に流す。考えあぐねるようにして、うーんと唸った。

「……引くっつーよりは、怒ってるんだけど。お前さ、あんな外でパンツ丸出しで寝こけて変態野郎に襲われたらどうすんの?」
「…………あ?」
「何かあってからじゃ遅ェんだよ。万事屋だから良かったけどよ、酔っ払ってどっかの知らねぇ野郎の家に押しかけてたら、トイレでセクハラされんぞ」
「……知らねぇ野郎の、家」
「そうだよ。無理やり尻も丸出しにされて……強姦されたらどうすんだよ。パンツどころの話じゃねーだろうが。分かってんの?」

 滅多にされない説教をされて面食らう。予想していた反応とは全く違っていて、半ば放心気味である。

「そ……そっちの話なのか?」

 思わず口を挟んでいた。

「え? 何が?」
「か、厠……のことじゃねぇのか。テメェが怒ってんのは」
「はぁぁあ?」

 今度は銀時まで、土方と同じように間抜けな顔をした。事情が飲み込めないと言いたげな声で「え? なに言ってんのお前」と疑問を返した。

「小便とか。ドン引きだろ普通」
「……あのなァ。セックスん時はいつも精液ダラダラ溢して、潮も吹きまくってんだろうが。今更ナニ言ってんの? 精液も潮も小便も大して変わんねーだろ」
「いや変わるだろォォォ!?」

 銀時はしれっと、迷いや陰りの一切ない眼差しで言い切る。土方は心の底からシャウトしたが、自身の大声が米神に鈍い疼痛を齎らし、布団の上に蹲った。銀時が「アレだな、お前たまにバカだよな、知ってたけど」と背中を擦ってくれる。

「……るせぇ、よバカ」
「そんなこと気にしてたの?」
「……気にするだろ。お前ムカつくんだよ」
「それこそ今更じゃねーか」
「……隠しときたかったこととか、全部剥き出しにしやがって」

 消してしまいたい。色々と、主に昨晩の出来事を。ムカつくだけの男だったらこんなに悩んだりしないんだとは、言えやしない。昨日は熱の勢いに任せて言えただけだ。そしてきっと、土方の本心を剥き出しにした銀髪天パのドS男も、昨夜の出来事を覚えているのだろう。

「隠しときたかったこと、ね。じゃあ俺も改めて言うか、お前が好きだって」
「! ……その、好きってのは、どういう意味だ」
「は、はあっ? どうって…そ、そりゃ……」

 どくどくとおかしなほど忙しく働き詰める臓器は落ち着いてくれそうにない。銀時は死にそうな魚のように口をパクパクさせながら、顔を真っ赤にして、ただ必死に続く言葉を探している。かっこいいとは言えないし、握られた手は手汗でびっしょり濡れていて残念な具合であった。しかしその残念な様子だからこそ、嘘偽りない本心からの言葉だと信じられた。

「えーっと…好きってのは、その……チョコレートパフェが好きとかじゃなくて、お前と一発…じゃ足りねェくらいエッチしたい系の……もう正直に言っちまうけどよ、床にしょんべんビシャビシャ漏らされた時なんかメチャクチャ興奮したわ」

 色好い言葉を一つも口に出来ない性分ではあるが、土方の想いは銀時に伝わっているだろう。この男の品位皆無な口ぶりは今更のことだし、土方はそれを十二分に承知していた。受け入れた上で心を尽くし、今後の為にせめてもの忠告をしてやった。

「……ンなセリフ女に言うのは一生やめとけよ。ドン引かれるぜ」
「お前だけだよ」

 お前だけだなんて、マダオにしては上出来すぎるセリフで恥ずかしい。土方が二の句を継げずにいると疑われているとでも思ったのだろうか。銀時は尚も続ける。

「本当だから。マジで本気で真剣に、お前が好きだからっ」
「結局下ネタ言ったじゃねぇか」
「しょーがねぇだろ!ガラじゃねぇんだよっ、他から見りゃド下ネタだろうが、お前には銀さんの愛が伝わってんだろ? 今は勘弁してくんねぇ? ……土方くんに言葉責めしたのも、全部そういうことだから。好きだから虐めたくなるんだよ。オメーだって男なら解るだろ?」

 ドSの気はないから「解るだろ?」と聞かれてもよく解らない。というか断じてドSではない土方には、これ以上、惚れた相手を苛めることなんぞ出来なかった。
 頬を銀時と同じかそれ以上に赤らめて頷くと、銀時の緊張した面持ちが歓喜に変わった。どちらからともなく抱きしめ合うと銀時の逞しい筋肉が腕に触れて、自分が今、想いを通じ合わせて抱きしめられているのだと思うと少し恥ずかしい。近くに感じるだけで胸がきゅんと音を立ててしまうようだ。
──好きだ。間違いなく好きだ。この男が好きだ。
 言葉がなくても理解できるものに密かに驚いていると、チュッと音を立ててキスが落とされた。甘やかされる幸せに浸りきった顔は、絶対に人前に立てるものではないから、銀時以外の人間には見せたくない。逆に言ってしまえば、銀時になら。
 会う約束をしたのは今日だけで、性欲を処理するだけの関係の男には、誕生日を祝うことなんて出来ない筈だった。だが今なら、今の自分なら言える。

「銀時。今週の10日なんだけどよ……夕方から非番を取ってあるんだ」

 事情を知らぬ他人から見れば昨夜に想いを通わせ合ったばかりで日の浅い恋仲に映るだろうけれど、土方は既に解っていた。

「……へぇ。先に誕生日プレゼント貰っちまったけど良いの?」
「安い男だな」
「上等だろ」

 銀時が今更、この程度の告白で引いたりするわけがない。酔っていようがシラフだろうが、尾籠な話の出来る仲だ。