明かす夜

【ずっと秘密にしていたことがありました。それを貴方に告白します。つきましては、それなりに準備をしてお越し下さい】
 そんな回りくどい文面のメッセージを送ったのは、面と向かって言うには照れ臭かったからだ。それにこうして事前に予定を知らせておけば、左馬刻だって突然言われるよりは精神的なショックを受けずに済むかもしれない、という大人の算段もあった。
 今までずっと同じチームでいた男に『以前から貴方のことが好きでした』なんて愛の告白をされたら、突然だろうが何らかの予告をされていようが、やはり左馬刻は驚くし困るかもしれないが──それでも、察しの良い左馬刻のことだ。気の利いた断り文句ぐらい事前に準備してくれるだろう。そういうの慣れてそうだしな。

 そして当日。
 俺をフってくれる予定の左馬刻は全身高そうなスーツで揃えてきた。アクセサリーから靴まで計算された、完璧なコーディネート。髪型がオールバックなのもずるい。いつも下ろしてる前髪をアップスタイルにしてくるなんて、見栄えがしすぎやしませんか。周りのやつら全員が左馬刻を見てる気がする。さっきから周囲の視線を感じてならない。俺はいつものスーツなのに、左馬刻はどうしたんだ。普段だって格好良いのに、イイ男に磨きがかかりすぎて眩しいくらいだ。びもくしゅうれい。ようしたんれい。変換がままならない。語彙力が死んだ。思わずポーっと見惚れてしまう。左馬刻は「銃兎お前なんつー顔してんだ」「なあ銃兎、気に入ったかよ」「おいなんとか言えやウサ公」最後だけヤクザヤクザしていた。
「に、似合ってる」かろうじてそれだけの拙い返事をすると、まるで良いことがあったときみたいに機嫌のいい顔をする。
 手を引かれて連れて行かれたのは左馬刻の用意した車。左馬刻が予約したビストロ。左馬刻が予約したホテルの最上階スイートルームは、夜景がそれはそれは素晴らしい……え?ホテル?
 左馬刻は「いよいよだな。待ってたぜ銃兎」と嬉しそうに言った。
 いや、俺はそんな準備をしてこいと、左馬刻に言っただろうか。そんなつもりはなかった。そうだとしたらこれは、左馬刻を付き合わせてしまっているに他ならないんじゃないか。セクシャルハラスメント。淫行。猥褻な行為。職務で使う言葉が脳裏を過ぎる。
「左馬刻、その、今日はありがとう。飯も美味かった。奢ってくれてありがとな。それと、なんだかよく分かんねぇんだけど……この部屋も、眺めが凄く綺麗だし。ありがとう」
「っは、気にすんなよ。準備してこいって言ったの銃兎だろ」
「……そうだけど、その……」
 俺は左馬刻に告白してすっぱりフラれて家に帰るはずだったのに、左馬刻とこんなホテルまで来てしまったんだ。こんなことまでしてもらうつもりはなかった。今更そんなこと言っても信じてもらえないかもしれないし、もう遅いかもしれないが……左馬刻に申し訳なくて、心が痛んだ。
「さ、左馬刻、すまない。俺……なんか、間違っちまったかもしれねぇと思って」
「……間違えた?」
「ああ。俺、今日……実はな、お前のことが好きだって……言おうと思ってたんだ、けど」
「……それを取り消すってことか?ふざけんなよてめぇ銃兎お前どこのどいつにソレ言おうってんだ俺様がブッ殺して海に沈めりゃそいつこの世から居なくなるぜそうだなそれが良いそうすっか。安心しろやそんな羽虫野郎より俺様がずっともっとお前のこと愛してやっからな」
 だからソイツのことは諦めろ銃兎。左馬刻様が誰よりも一番大好きですって言ってみろや。
……どうやら準備は”それなり”じゃ済まないらしかったと気付いたのは、柔らかくて適度に反発のあるベッドのマットレスの質感を背中に感じてからだった。恥ずかしいから照明くらい落としてほしかったんだが、もういいかと左馬刻の首に腕を回す。まずはキスから。ずっとしてみたかったんだと、秘密を明かしたのは俺かお前か。