「いやあからさまにおかしいだろ」
俺様の一言に、どうしたんだ左馬刻?と言ったのは銃兎で、銃兎の部屋に異変があるのか?小官は入ったときから検分していたが異常などないように思う、と自ら見立てを披露してくれたのが理鶯だった。
だが銃兎を足の間に座らせて真面目にしているあたりが普通に考えたら異常だし、銃兎も収まりの良い場所を見つけて「りーお、マッサージしてください」なんてねだっていたあたり、大概どうかしている。どうしたんだって、どうもしなくはないだろう。酒が入ってるせいなのか?本当にそれだけか?
ねだられた理鶯も嬉しそうに銃兎の肩とか揉んでるし、俺様の仲間はいつからこんな距離感バグっちまったんだ?ホワイトデーに理鶯が俺と銃兎に菓子くれたあたりから少し怪しかったのかもしれない(嬉しそうな理鶯を前にして断る理由なんかなかったから貰ったし食った。うまかった)。
理鶯は優しいやつだが、銃兎には殊更だと思う。理鶯が優しいのは当然です。理鶯は誰にだって優しいんですよ、流石は私の理鶯です!くらいにしか思わず当然みてぇに受け入れてんだから、理鶯のやつも報われねぇなと思う。警察無線の傍受だって私情が含まれてるんだろうによ。銃兎は『バレたら理鶯がしょっぴかれてしまいます』って心配してたが、問題はそこだけなのか。すっかり寛いでる銃兎を見ていると、わざと困らせてやりたくなる。なあ理鶯、と言った瞬間から既に口角が上がっていた。
「うん?」
「俺ら二人でよ、こないだ女のいる店で飲んだだろ? 銃兎がよぉ、お前がセクハラの餌食になるんじゃねぇかって心配してたんだぜ」
「おい左馬刻それ言うなって……!!」
「……そう、だったのか」
「理鶯は格好いいし顔立ちは可愛いし背も高いしバリトンボイスは腰にクるし? 絶対ぇに人気者になっちまうからそんな店に連れてくのは心配だ、純粋な理鶯が悪い女に騙されて食われちまったらどうしよう……だったか?」
「……ひ、ひでぇ、さま……左馬刻っ、お前! 秘密にしてくれる約束だったじゃねーか! 理鶯に引かれた! 絶対! 最悪だ! やくそく、やぶんなよバカ……っ!」
「銃兎、小官は引いていない。心配してくれて感謝する」
「う、……ほんとですか理鶯……?」
「勿論だ。あまり酒を飲みすぎては身体に良くないぞ。ほら、水を飲むんだ。眠いのなら眠っても構わない」
「……嫌だ。そうやって、俺が寝ちまったら、そうしたら……理鶯が、左馬刻にセクハラされるかもしれねぇから……見張ってる、んだ。俺は…」
「するわけねぇだろウサ公」
「……首筋が火照っているようだ。目もトロンとして……それに良い匂いがするな」
「あ、その……二人が来る前にシャワー浴びてきた、から。嗅がないでください……恥ずかしいです」
「恥ずかしく思うことはない。それに銃兎がこうしていれば、小官は何処にも行くことができないからな。魅力的な提案だろう? ……愛らしい兎も、逃しはしない」
「……りおう…?」
「銃兎……今夜は共に寝てくれないか。小官は雷が苦手なのでね」
「……ん、ん、寝ます……理鶯が、こわいの…可哀想だから…」
「ふ、軍人である小官を可哀想と評するのか? ……笑止」
「……ん、っ、やだ、腰のところ…もぞもぞしないでください、りお……」
「マッサージをしてほしいと言ったのは銃兎だろう? こうして……筋肉をほぐしているだけだ」
「ぁん…お尻そんなに揉まないで……っ、ふふ、もう、ダメですったら、りお……」
────セクハラされてんのはどっちだよ!
さっきから銃兎も理鶯も、俺様のことなんだと思ってやがる。完全無視か。二人きりの世界じゃねぇか。
「……俺もう帰るわ。またな二人とも」
「……へ?」
「なぜだ左馬刻……?」
二対の瞳が心底から不思議そうに瞬きしたあと、これまた二人してキョトンとした顔で俺を見た。
……なんでもクソも、俺がこの部屋にいる必要ねぇだろ。あとは二人で楽しんでくれや。別に拗ねてなんかねぇぞ。
煙草を灰皿に押しつけて一服も終わらせる。どっかで飲み直す気にもなれねぇし、このまま帰るか。……帰るために腰を上げかけたところで、ぎゅっと腕が回された。見下ろすと、さっきまで理鶯に抱っこされてた銃兎だ。うわ、マジで身体熱いなコイツ。
「おい銃兎ォ……理鶯はそっちだぜ」
「……さまときが居ないとやだ」
「!」
「小官も、銃兎と同じ意見だ。左馬刻は帰ってしまうのか……?」
「なあ帰るなよ、……さまときも一緒に寝よ?」
「左馬刻」
「さまとき、」
「あ゙ぁ〜クソ……! ……ったく、この酔っぱらいどもがよぉ…」
結局は俺様も同じで、やっぱり距離感バグってるのかもしれねぇなと思う。三人揃ってこうなんだから。酒が入ってるせいなのかそれだけなのかなんて本当のところは分からずじまいだが、まあそれでも良いか。抵抗するのをやめて元通りラグに胡座をかいた。銃兎が硬質なレンズの奥にある瞳をピンク色にとろけさせる。さまとき、とやっぱり甘い舌遣いで俺の名前を呼んだ。
「……ンなに呼ばなくても聞こえるわ」
「りおー、さまとき帰らないって♡ ……ね、さまとき♡」
「まだ何も言ってねぇぞ。勝手に決めんなや」
「ほう……そうか。それは僥倖」
「……つーかオイ、いつまで抱きついてんだ銃兎。火ィ持ってんだぞ危ねぇだろうが」
「左馬刻が銃兎に火傷を負わせるはずがない。……少しばかり妬けるがな」
「フン……」
妬ける、ね。そりゃこっちが言いてぇセリフだわ。火をつけた新しい煙草を吸ってから、俺様のウサちゃんを撫でる。
「銃兎よぉ、理鶯ばっかり心配してんじゃねぇよ。俺様も食われちまうかもしれねぇぜ」
「……さまときが……? お前はそんなのに引っかからないだろ。…でも、お前モテるし……かっこいいし、強いし、男でも、女でも、選び放題だから……だから、最後に、さまときの横にいるのは俺じゃねぇと思うけど、俺じゃなくたって良い」
俺達の王様がしあわせになるなら、って、何をどこまで具体的に想像してるんだか、みるみるうちにネオンカラーの目に水分が張って、ぽたぽた零れ落ちそうになっている。それを聞いた理鶯までしょんぼりしてやがるし、なんだよそれ。
「銃兎、理鶯。他のやつにかまけてお前ら置いてきぼりになんかするわけねぇだろうが……俺ら三人でMAD TRIGGER CREWだ」
「左馬刻……」
「左馬刻……!」
銃兎はさっきより酔いが冷めたのか、俺にしっかり抱きついてることに気づいて「あ、その……左馬刻、悪い」なんて離れていく。悪いもクソも、馴れたわ。お前って三人で飲むと甘えたになるんだからよ。
……そのうちマッサージじゃなくてキスでもねだられそうだが、もし銃兎にキスをねだられる夜があれば、俺も理鶯も競うみてぇに奪い合って銃兎の舌を擦ってやるだろう。トロトロになってきっとバカになっちまうな銃兎は。それでも離してやらねぇ。
言っとくがこれは妄想じゃねぇぞ、現実的な話だ。理鶯と俺様が悪い女に食われてどっかのホテルで目が覚める朝なんかより、寝る前に銃兎とキスして一緒のベッドで起きる朝の方がよっぽど有り得るんじゃねぇかと思う。
銃兎と舌絡ませるキスなんかしたら今の関係よりもっと深みにハマりそうだが、始めから戻る気なんてない。厄介なことも今更なんだよ。だってお前ら二人とも黙ってるけど今夜のヨコハマ普通に晴れてっからな。窓から外見てみろや、星だって余裕で見えんだろ。
────まあそれ口実にして三人同じベッドで寝るっつーのは悪くねぇしな。
今夜は雷がひどいってお前らが嘯くんなら、俺様もお前らに乗ってやるよ。俺ら三人でMAD TRIGGER CREWだ。ああ、明日の朝には晴れると良いな。