一番近くのラブホで良かったのに

「…………(さっきからずっと足取りがフラフラしてるけど……大丈夫か左馬刻のやつ……?)」
 平生と比べておぼつかない足取りの左馬刻。銃兎は心配しながら、左馬刻の少し後ろを歩いていた。何かあれば自分が左馬刻を護る所存だ。花火大会に行かないかと誘われた時にこそ驚いたが、夏祭りで花火見物して酒飲むっていうのは楽しいもんなと、異議もなく了承した銃兎である。
ヨコハマでは火貂組がテキヤの仕切り役になるところだろうが、スミダの花火大会ならば左馬刻の管轄でもない。何やら騒がしい一時もあったが、自分たちが出るまでもなく解決したようだった。それにしても、あの花火の文字には驚かされた。今時はあんな技術まであるのか。
よく冷えた生ビールは最高だったし、屋台飯を味わって腹も一杯だった。ヨコハマに帰ってきたことだし、あとは家に送るだけ。舎弟を呼んでもいいが、こんな姿を舎弟に見せるなんて左馬刻のメンツが────思考の海に沈むと会話が無くなり、沈黙。しばらくしてその沈黙を破ったのは、左馬刻の乾いた声だった。
「酒……」
「うん? 酒がどうかしたんです? 気分が悪いとか?」
「もう…無ぇのか…?」
 振り向いたと思えばとろーんとした目で、酒は無いのかとたどたどしい口調で尋ねる左馬刻に、銃兎は確信した。酔いなんてまったく醒めていなかったのだ……左馬刻は酒に酔っているらしい。こうなればMTCの年長者としても、自分がしっかりしなければ。ゆっくりと優しく言い聞かせるように、もう酒は無いのだと左馬刻に告げてみる。
「左馬刻? もう祭りも花火も終わってしまったので、お酒はありませんよ」
「ないのか……花火キレーだったな…」
「…………」
 しょぼん…とあからさまに落ち込む左馬刻が、正直すごくかわいい。きゅんとしていると、良いことを思いついたと言わんばかりに頭の双葉が揺れた。
「じゅーと、来年も行こうぜ。ユカタ着てもいいな……俺様も着るから、銃兎も着ろよ……へへ、んだそれ、……絶対キレーだろ、そんなん…」
「………それは、その……」
 俺と祭り来るためにおめかしなんてされたら、ときめきで死ねる。浴衣を着た左馬刻の隣を歩いたらきっともっとお前を好きになっちまうから勘弁してくれ。あと、花火って主語付け忘れてるぞ。俺のこと口説いてるみてぇになっちまってるから。
 浮かんだ言葉は、そのどれもが言えたものではない。代わりになんと言葉を返せば良いのか判断に困っていると、左馬刻はふと足を止めて銃兎と向き合った。誰もいない道だから邪魔にはならないが、戸惑う。なんだか左馬刻の目が据わっているような。
「左馬刻……? ほんとに大丈夫か?」
「じゅーとから、酒の匂いがする……」
「あ、ああ……さっきまで酒飲んでたしな。私そんなに臭います?」
「味見させろ」
「へっ……?」
 ぺろり。味見させろと言いながら左馬刻の整いすぎた顔が近付いてきたかと思えば、唇を舐められた。
男である銃兎の唇を躊躇いなく舐めた左馬刻の目は先程までとろーんとしていたが、今はもうアルコールのせいなのか奇妙な興奮で潤み、ギラつき、やはり間違いなく目が据わっている。ウサギは自らの本能で悟った。これはヤバいかもしれない。いや、ヤバい。
「おい左馬刻、目ぇ覚ませ!」
「やっぱり……酒の味だ……じゅーと、もっと……」
「ぅ…ん…!!? んぇ、だめ…左馬刻っ、んん」
 惚けていた銃兎のことなんてお構いなしに左馬刻は次の行動に出た。ほんの少し開いていた銃兎の口から強引に舌を侵入させ口内を味わうように蹂躙していく。
「ゃ、んふ、さま……っ」
「べろよこせ、」
「ぁふ、んン……、〜〜っ、ぅんん」
「ン…はぁ……」
 くちゅ、ちゅぷ、じゅっ、と淫らな水音がやけに鼓膜に響く。抵抗しようにも身体に力が入らなくなってきた。このまま流されてはいけない、相手は酒に酔っているだけだ、ただ酒の味を自分に求めているんだと、せめて気だけは平静を保とうと必死である。左馬刻の熱い舌にそろそろ絆されそうになっていた銃兎だったが、最後にちゅっと下唇を吸われて唇は離れていった。
「ッ、はっ、左馬刻……! はぁ、はぁ……おまえ、ふ、ふざけん、」
「お代わりくれよ、お前んちのベッドで」
「……!」
 徒労、という言葉が脳裏に過ぎる。無駄なこと。さっきより欲にギラついている左馬刻を前にして、きっとこれ、明日になったら忘れてるよな、と悪い大人の打算が巡る。頬どころか全身が熱い。
「ダメですよ」
「なんでだよいいじゃねぇか……俺様の目ぇ見ろ、銃兎」
「……俺の家は、ダメだ」
 一夜限りの夢だ。自分のベッドが夢の一部になってしまったら、一人で寝るときに困ってしまいそうだから。これから先の夜を全て道連れにするのは重すぎる。
 実は付き合ってる恋人がいるんです、跡は残さないようにしろよと、残される今後の日常のために予防線を張っておく。へぇ、お前くそビッチじゃねぇか、ソイツ可哀想だなァ。嘲笑った左馬刻の方が、なぜかショックを受けた顔をしている。ああ、これで嫌われたな。来年の花火大会には多分誘ってもらえねぇだろうけど「それでも好きだぜ」。
「なあ俺にしとけよ、銃兎」

 お前、最後の一行が台無しだよ。どうやらハッピーエンドになるらしい。