施錠の外れる音がした

 【恋人同士にならないと出られない部屋】に閉じこめられた。「無理だろ」と真っ先に言ったのは銃兎だった。隣の左馬刻も「たりめぇだろ」と舌打ちする。途端、まるで二人の会話に呼応するように表記された指示が【手を繋いでください】に変わった。
手を繋ぐ、か。……そのくらいなら、まあ。互いに思うことは同じだったらしく、無言で手を重ね、握り合う。
【三分間見つめ合ってください】
三分という時間は長く感じたが、まあ、嫌というほどでもない。なんだか、心臓がドキドキしてうるさい。握られたままの手を意識してしまった。
【キスをしてください】
これはどうなんだ、と言おうとしたのだが左馬刻は銃兎の手を引いた。銃兎の方から左馬刻にキスをした。軽く触れて、すぐに離れた。それだけなのに唇がくっついた感触が残っているような気がした。胸の奥からぶわっと熱が上がる感覚。恥ずかしくてたまらなくなって「左馬刻」男同士でキスするなんて変だよな、と笑って続けるつもりだったが、今度は左馬刻の方から、もう一度キスをされる。ちゅっと音が鳴ったし、少し長かったけれど、それはまた離れていった。もっとしていたいと思ったのに、物足りなくて、切ない気持ちになった。
「チッ、なんなんだこれ……」
 不機嫌そうに呟く左馬刻を見て、銃兎はやはり無理だなと思った。こんなよくわからない部屋に閉じこめられて、指示に従わないと出られないから手を繋いだし、見つめあったし、キスをした。けれど、さっき左馬刻から長めにキスしてくれたのは、銃兎が一瞬キスした程度では扉が開かなかったせいだろう。そこに左馬刻の気持ちがあるわけではないのだ、と改めて知り、悲しい気分になる。誰の差金だか知らないが、余計なお世話だ。それに、恋愛的な話とは関係なく、立場や肩書き、相性の問題もあるだろう。きっとこの先も左馬刻は銃兎を好きにならない。なんとしても施錠を解いて、今すぐここから出してやらなければ。

「誰だか知りませんが、私と左馬刻がそのような関係になることは不可能ですよ。彼に男の趣味はありません。なので、私が恋人を作ります。勝手に連れてきたんですから、そのくらい構いませんよね?誰か……できれば清潔感のある方を代わりに連れてきて頂けます?左馬刻は解放してやってください」
「ハァ!? おい銃兎! なに抜かしてやがる!」
【望むなら、碧棺左馬刻は外に出ることができます】
 銃兎の提案が聞き入れられたらしい。おあつらえ向きのゲームセットだろう。良い知らせをギリギリと睨みつけている左馬刻の背中を、トンと叩いて押してやった。
「左馬刻。……ほら、出られるぞ」
「あ?」
「そこに書いてあるだろ。指示が変わらねぇうちにドアを開けた方が」
「ざけんな! んで俺様だけ外に出るって話になンだ。銃兎はどうなるんだよ!」
「俺は自分で何とかするから平気だ」
「バカ言ってんじゃねぇぞ」
 ああ言えばこう言う、いつも口喧嘩をしているときのやりとりだが、今日ばかりは引けない。せっかくお前だけでも出られるんだ、喜べばいいじゃないか。
「俺が出てったらテメェはどこぞの奴と手ぇ繋いでキスして恋人になるってか? 誰が望むかよ! つーか誰でも良いみてぇなこと抜かしてんじゃねぇぞ!」
「じゃあどうするってんだ! ア?! 俺にしてみりゃ誰だって同じなんだよ! それの何が悪いんだ! 俺が誰とキスしようが恋人になろうが関係ねぇだろほっとけや!」
「だからそれがムカつくっつーんだろうが!! 銃兎テメェ他の野郎になら手出せるってのか!?」
「出せるわ! 出しても出されてもいいしな! 左馬刻じゃねぇなら誰だって同じなんだよ! どうでも良い有象無象だ!」
「アァ!? だったら最初から俺様にしとけば良いだろうが! 無理とか言いやがってなんなんだクソウサ公!」
「無理に決まってんだろ! この部屋出た瞬間に捨てられて凹むのが目に見えてんだよ! 人の恋心ナメんな! こっちはマジ惚れしてんだぞクソボケ!」
「誰も捨てるなんて言ってねぇだろうが! そもそも手離す気なんざねぇんだよ! 一生俺様の横にいろや!」
 二人はヒートアップしていてモニターの表示画面など全く見ていなかったのだが、左馬刻が出ていかないを選択した時から、映されている文字は初期状態に切り替わっていた。
────【恋人同士にならないと出られない部屋】。
一見すれば元の木阿弥。だが、施錠の外れる音がした。しかしその程度の瑣末な音に耳を傾ける者はこの部屋に一人もいない。勢いよく倒れこんだ男二人分の重みを受けてベッドが軋む。あっけなく開いたドアに顔を見合わせて笑うのは、しばらく先になるだろう。