さっそく始めた二度目の試合でも引き分けになっちまったせいで、なんともスッキリしなかった。試合後だろうと関係なく二人しかいないフリーのコートで兎だ馬だと難癖つけあってたら、怒鳴り返してくるはずの銃兎が不意に黙りこんだから、俺はいつものように煽ってみせる。ニヤリと笑って勝利宣言。こうしたら銃兎はノってくるだろう。
「おうおうウサちゃんどうしたよ。反省したのか? 大人しく俺様に勝ち譲ってればこんなことにゃあならなかったんだよバーカ。眼鏡ぶっ壊れてんだもんなァ? 吹っ飛んでやがんの。だせぇ」
「あァ!? うるせぇぞクソボケ! バカって言う方がバカなんだよバーカ。バカって馬って漢字入ってるもんな、うましか!」
「アア!? 詰められてぇか!」
「……ふふ、はははっ」
「ンだよ!」
「なんでもねェよ。…左馬刻とくだらねェ喧嘩してると、仕事の疲れもムカついてたこともどうでも良くなるんだ。スッキリする」
そう言って口元を緩めて笑う顔が悪どい兎にしてはあどけなかったから、対抗心が削がれた。いつもなら喧嘩をふっかけるところなのに、何故か何も言えなくなる。
……あー、兎鍋にはしそこねたが、今日はもういいか。
トーナメントでもないから、誰が後に使うでもない。すっかりコートに座りこんで寛いでる銃兎に手を差し出すと、普通になんの躊躇もなく俺様の手を取った。振り払わねぇのな。さっきまでお互いに言い合ってたのに、もう元通り。俺は銃兎のそういうところも気に入っている。
「銃兎、帰ろうぜ」
「………」
「銃兎?」
銃兎は俺の指先をぎゅっと握ると、……自分の唇に当てて、小さくチュッと、音を立てるキスをした。
──おいコイツ何やってんだ!?
俺は思わず息を飲み込んで固まってしまった。
「ふふ、お疲れさま」
「っ、な」
「理鶯が時々こうやって俺にキスしてくるんだよ。左馬刻はされないのか?」
「は!?」
今コイツなんつった?
されねぇよ、つかそれ、って、されたことあんのか。あるんだな。どういうことだ。
混乱する頭の中で、何か言わねぇとまずい、理鶯とすんなって言いてぇけど挨拶みてぇなもんだろうし俺様がこんなことまで口出すのも妙だよな──思考だけがぐるぐる巡っている。
「バーチャルってのは便利で良いな。汚れてもダメージ食らっても、現実世界じゃ元通りだろ」
立ち上がって歩き出した銃兎は微笑んでみせた。その表情を見た瞬間、胸の奥がじわりと熱くなった気がした。
現実世界じゃ元通り。壊れた眼鏡も、繋いでる手も、触れてキスした感触も、全部なかったことに。そりゃそうだ。ゲームの中なんだから。それを少しだけ残念に思う。間違いでなければ、それはきっと、俺だけじゃない。
「銃兎ォ、お前俺様に言いてぇことあんじゃねぇのか」
「はぁ? なんだよ急に。ねぇけど」
「嘘つくんじゃねえぞコラ」
「いや嘘じゃねぇよ」
「アァ? ふざけてんのかテメェそんなツラしといて、」
胸倉つかんで怒鳴ってやろうとした瞬間、足元に落ちていたテニスボールを踏みつけて転びそうになる。反射的に踏ん張るが思わず銃兎の方に体重がかかり、勢い余ってそのまま押し倒す形になってしまった。俺を見上げる瞳が、銃兎のいつもより乱れた前髪が、鼻先の触れそうな距離にある。その瞬間、時が止まったような気がした。
このまま銃兎にキスしたらどうなるだろう。理鶯には負けねぇ。手にするキスなんかよりもっと凄いことを、今ならきっと出来る。二人きりなんだから。
どんな顔をするだろうか。嫌がるか、怒るか、それとも────────
そこで我に返った。何を考えてる。銃兎は仲間であって、別にそういう相手じゃない。そもそも男だし、年上で、サツだろ。もしそんなことになったら俺らは今まで通りのチームメイトでは居られなくなるかもしれない。それは駄目だ。銃兎が俺の隣に居なくなるのは嫌だ。俺はそっと手を離して立ち上がった。大丈夫だ。なんにも起こらなかった。ただ転びそうになっただけだろ。そう自分に言い聞かせながら銃兎の手を引いて起き上がらせようとしたが、今度は銃兎の方から手を握ってきた。俯いたまま小声で、ぽつりと。
「……左馬刻、あのな。言いてぇこと、本当はあるんだ」
「! ……なんだよ、さっさと言え」
「言えねぇから。……もう一回、押し倒してくれよ」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのかと思うほど、まるで祈るような音だったが、そう聞こえたのは、多分幻聴ではないはずだ。これもウサちゃんの倍返しか。俺はもう何も言わずに銃兎を引き寄せると、今度はしっかりと唇を重ねた。男だとか、サツだとか、知るか。銃兎はいなくならねぇ、俺様が捕まえておくから。
ウサちゃんが目を閉じて受け入れてるのが何だか嬉しくて、何度も角度を変えて重ねていると、柔らかい舌が、ぬるりと差し出される。噛んで痛くしてやめさせる、なんて選択肢は有り得ない。舌先を軽く擦り合わせた。くちゅ、と水音を立てて絡ませる。
「ん、…ふ……」
銃兎は小さく吐息を漏らした。可愛い。気持ちいい。もっとしたい。俺の中に、欲が湧き上がる。夢中で食らうようにキスを続けた。唾液を流し込んだのはわざとだった。銃兎が飲み込むまで待ってから口を離すと、濡れた唇がてらてらと光っていて酷くエロかった。
俺達はしばらく黙ったままだった。何を話せば良いのか分からなかったからだ。先に口を開いたのは銃兎だった。
「……バーチャルとはいえ、試合すれば興奮くらいするよな」
「あ?」
「俺もだ。だから別に……おかしなことじゃない」
なんだよそれ。どういう意味だよ。もしかしてなかったことにするのか。なかったことにされたいのか。キスしたばっかりの口で、よくそんなことが言えるな。
俺は苛立って、銃兎のテニスウェアをまくり上げる。その下からウサギの薄い腹が現れた。
「や、やめろ……っ」
「チラチラさせやがって食われてぇんだろ」
「ちがうっ、ぅあ……んぐ、噛むな、左馬刻ッ……」
この身体をめちゃくちゃにしてやりたい。その欲望のままに、銃兎の首筋を舐め上げ、ガプリと歯を立てる。汗ばんでいる肌がしょっぱいのに、銃兎がビクビクするから耳に近いところまで舐めてやると、もうやだ、なんてグズグズの声が聞こえた。
「テメェが面白くねぇこと言うのが悪いんだろ」
「うるせぇ、こんなところで俺に盛ってんじゃねぇよ変態ヤクザ……!」
「アァ? テメェに言われたかねぇわドM警官」
「ドMじゃねぇ!」
「噛まれて感じてんだろ」
「ハァ!? 誰がだよ……!」
いつものように罵り合うが、銃兎は恥ずかしくなったのか顔を背けた。それを見て余計嗜虐心がくすぐられた。銃兎の胸元に手を伸ばすとすぐに腕でガードされたから、意識されまくってんのが分かって、嬉しくなる。
「……へぇ? ウサちゃんは俺様に何されると思ったんだよ?」
「っ知らねぇけど! とにかくもう触んなボンクラヤクザ!」
「はっ、現役警察官なら分かんだろ? 淫らな行為されちまうんだよ。俺に乳首まさぐられると思ったくせに」
「左馬刻はそんなことしねぇ!」
「……あのな、まだそんなこと言ってんのか? ここまでされといて冗談だって言うつもりかよ」
銃兎の腕を掴む。ガードを無理やりこじ開けてやるフリで強く力を込めると、銃兎はぎゅっと目を閉じて身体を固くした。
「バーカ、左馬刻様はなぁ、無理やりすんのは趣味じゃねぇんだわ」
「……左馬刻……」
「ウサちゃんの着てる服まくり上げて裸にして、膝の裏から足の指までじっくり舐めてやりてぇとは思ってるけど」
「な……っ」
絶句した銃兎の頬が、カッと赤く染まる。気づけよ。俺は冗談で言ってるわけじゃねぇんだぞ。膝の裏の凹みをなぞってやると、銃兎は「分かった、分かったからとりあえず向こうに戻る! 理鶯を待たせてるだろ!」と慌ててストップをかけてきた。
「クク、……そうだなァ銃兎。腹も減ったし帰るか」
バーチャルで終わらせるにはあまりにも惜しすぎる。なかったことにはさせねぇし、続きは現実世界に持ち越しで。俺様はウサちゃんオトす為にステータス全振りしてくから、きっちり受け止めてくれよ。重いから覚悟しろ。そんで、返せるもんなら打ち返してみやがれ。