生命の蠢き始める春。山の中で食物採取をしていた理鶯は、スマートフォンの端末がポケットの中で軽く振動したことに気づいた。
山菜だったら問題ないが、獣相手だと音を立てることで捕獲に失敗してしまうこともある。幸いにも今日は山菜採りが目的の日だったので、理鶯は着信の相手を待たせることなく「どうした、銃兎?」と尋ねることができた。風も穏やかで暖かい日だ。山の気配も春に向かっていることがよく分かる。
野鳥の鳴き声や、川のせせらぎ。耳元では「理鶯、理鶯……! 助けてくださいっ」と焦った銃兎の声。半泣きになっている。
「今日は左馬刻の家に集合ではなかったのか? 現在位置は」
『左馬刻の家ですよっ! 正確にはクローゼットの、』
ガタン、と遠くから物音。ひっと細く息を呑む銃兎。スピーカー越しに聞こえる銃兎の声に余裕はなく、迫り来る脅威に怯えているようだった。二人の状況はある程度、想像がつく。今発言するのは良くないだろう。理鶯は沈黙を守った。
『……り、りおう……!』
「うん。聞いているぞ」
『さ、左馬刻がマジで、滅茶苦茶えげつなくて……! 私の話をまるで聞いてくれないし表情も視線もいつもと全然違うんです、ッ、私が、何度もやめてって、ちがうって言ってるのに、やめてくれなくて……っ』
「銃兎、大丈夫だ。泣くな」
『りおう、左馬刻をなんとかして……っ』
常ならば左馬刻を御せるはずの男が、啜り泣くような声で理鶯にヘルプを求めてくる。これは助けてやらねばなるまい。二人とも大切なチームメイトだ。
「生憎だが山の中にいる。今から向かったとしても、すぐに駆けつけることはできないだろう。左馬刻も銃兎も立派なソルジャーだ。小官が到着するまで持ち堪えられるか?」
『むり、むりですッ……ここはもう逃げ場がなくて、私、さっきも左馬刻に捕まって、ひどいことされて、今やっと隠れたのに……!』
「そうか……」
『理鶯、対価ならいくらでも払います! だからすぐ、すぐに来て、りお……ぁ、ああ、そんな……』
『よぉ銃兎ォ。んなところで誰に連絡取ってんだ? テメェが俺様のモンだってまだ分からねぇか』
『さまとき……っ、ちがうんだ、おれ、もう、むりなんだ、できないっ』
悲痛な訴えが聞こえるのだが、抵抗も虚しくずるずると引きずり出されてしまったようだ。そして何かが打ちつけられる音。
『いやっ、いたい…! 左馬刻、お尻いたい……いてぇよ、叩かないでッ』
『仕置きだよ、オラっ! 反省、しやがれッ!』
『ぁ゙ああっ……ごめ、なさ、さまとき、ぅ゙う、ゆるし、て……いたいの、やだぁ』
そうか尻を叩かれているのか。銃兎の泣きじゃくった声が、フローリングに放り出された端末からも確かに聞こえた。バチン、バチン、と平手で容赦なく打擲されるたびに悲鳴が上がった。痛々しい限りだが、ごめんなさい、どこにも行かないからと約束する銃兎は左馬刻を満足させるに至ったらしい。折檻の音は止み、代わりに粘着質な水音が、ぐちゃぐちゃと鳴った。
『ひぃっ!? ァ、ァ……っ、さっきもしたのに、ぃ』
『お前があんなところに逃げるから、俺様のお気に入りのヴィンテージ汚れちまったんじゃねぇか? どうしてくれんだよオイ、詫びにマンコさせろや』
『ぁ、あ、ぁあ……さま、うごかないで、だめ』
パンパンと肉同士がぶつかり合う音が聞こえた。左馬刻が性急に腰を動かしているのだろう。憐れなウサギは必死に許しを請うているが聞き入れられることはない。為すすべもなく犯される、激しく生々しい交接。
我らのリーダーは随分と理性を飛ばしているらしい。普段はなんだかんだで世話を焼いて甘やかしているウサギを、本能のままに根こそぎ食い尽くしてしまうのだろう。
「銃兎、大丈夫か? 少しスピーカーの音が遠いようだ」
『やだっ、りおぉ、きかないでぇ! 聞いちゃいやですっ、たすけて、はやくきて……!』
『……お前まさか理鶯とも浮気してんじゃねぇだろうなぁ』
『ひっ……、し、してねぇっ、なんにもしてない! だれとも、してねぇから……っ、ッ〜〜! っ!? やだ、もうチンポできないっ、そんなに入らない、もう勘弁して……!』
「そのような状況下で、他の男の名前を呼ぶのはマナー違反だろう、銃兎。左馬刻、すまない」
『いいんだぜ、理鶯……なぁウサちゃん? ウサちゃんが大人しくマンコさせてくれたら、今回は許してやっからな』
『ぁ、ぁ、ぁあ……』
『奥までズッポリ入っちまうなァ。そんなに男のチンポが好きか?』
『アッ、あぁん、ぁあ、アッ、ぁあっ!』
『声かけられて、ついてくつもりだったか? こうやって、チンポぶち込まれて、アヘった顔晒しながらよがりまくってよォ』
『ひ、〜〜ッ! ぁぁ、ア、は、ぁあ゙……ッ』
『おい銃兎、トんでんのか?』
『ッ、も、やめ、やめて、ゆるして……』
『お利口さんにしてたら気持ち良くなれンだぞ?』
『ふぅう、ぅうう……うっ、ゥ、ううう』
『泣くんじゃねぇよ。鈍いウサちゃんが悪いだろ』
『、ひっ、うっ、』
『お、また締まったな』
『ひっ、ひっ、うう、うううう……』
『おねだりしてみ? 媚びてみろよ、銃兎』
『ぁ、…あぁ、あああ、おく、おく突いて、もっといっぱいしてくださ、左馬刻様……っ! ぁああっ、らめ、ぁあ、でひゃ、ぅう……! もらしてごめんなさいッ』
『はははっ、オンナみてぇにびしゃびしゃ潮吹いちまってよぉ。誰ァれが、床汚していいなんて、言ったんだよッ!!』
『ぁ、あああああッ!』
『おーおー、ケツ叩かれて感じてるドM野郎が。おら、どうしてほしいんだ? あ?』
『ァ、ぁ……もっと……ほしいですっ、さまとき! さまときさまのちんぽで、おれのこといじめてくださいっ』
『は、……上出来だ』
水音が激しくなった。荒い呼吸の音。唸るような雄の威嚇する声。恍惚が溶けいって、すっかりぐずついている嬌声。交尾を受け入れた無力な雌は雄に欲望を突き入れられ、揺さぶられているだけだ。
「左馬刻、あまり執拗に交尾し続けると嫌われてしまうぞ」
『ひ、ッん゙、あぁああっ! やだぁっ、やぁっ、ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙』
「つがいには優しく接するものだ。たとえ己の意思に反していたとしてもな。銃兎が他の男にコナをかけられたところで奪われてしまうことはないし、銃兎が左馬刻から離れようとするならば、小官が全力をもって阻止しよう」
力強く肉を打つ音はまだ続いている。雄が雌を孕ませてようとする、無慈悲な交尾行動だ。意味のある言葉を発さなくなってしまったウサギ。深い愛と果てしない欲は、端末の向こうにある一室にとっては同義だろう。もはや受け止めるしかない。
「銃兎、たった数時間の辛抱だ。左馬刻の気が済めば解放してくれるだろう。それまで……そうだな、愉しむといい」
猥りがましい交接の音がしている。脳髄に響くような攻撃性の強い韻律だった。銃兎は理鶯の言葉には返事せず『さまとき』と自らの王の名を呼んだ。そうだ、分かっている。他の男の名前は口にすべきではないだろう。このような状況下なら、特に。
『じゅーと、お前、今どんな気分だよ。ブチ犯されて、俺様のことっ、キライになったかよ!』
『ぁ、ああぁ、さまときぃ、すき♡ すき♡ ぁあんっ、おれの、おまんこにっ、ザーメン出して……っ♡』
『ハッ、可愛いやつ。全部飲めよ……ッ』
『ぁ、ぁ、ア……っ♡ さまとき、さまときぃ……っ!! ぁあ、あん、ぁ……っ♡ ぁあ゙あァ……っ♡♡』
絶頂に達したのだろうか。エクスタシーに浸りきってとろけている銃兎の嬌声。ぐちょぐちょと繰り返し肉壁の隘路を掻き回し、残滓まで植えつけているぬかるんだ動作音。それきり通話は終了した。気を利かせた左馬刻が端末の電源ごと落としたのかもしれない。
春に向かう山の中は何事もなく平和で長閑で、川のせせらぎに野鳥の鳴き声が交じるばかりだ。
スマートフォンを仕舞った理鶯は、ベースキャンプへ戻る道すがら、身体の疲労回復に役立つであろう山菜と野草を採取した。銃兎への救援物資に充てるのだ。
本日は三月五日。二十四節気で言うならば啓蟄。冬ごもりしていた蛇やトカゲ、蛙や虫達が長い冬眠から目覚め、地上に姿を現し活動を始める頃とされる。春の陽気が余計な虫まで連れてきてしまったようだが、理鶯の信頼する仲間達ならば問題ないだろう。ヨコハマのゴミ掃除は万全だ。不意にガサガサッと音が鳴り、茂みから兎がぴょんと飛び出した。自由な野兎は理鶯を追い越し、春の山道を軽やかな足取りで跳ねていった。