入間銃兎は運命の番に出会ってしまった

 入間銃兎は運命の番に出会ってしまった。相手はクソみたいな麻薬を売り捌いているディーラーだった。俺に運命の番がいたなんて嘘だ。Ω性ではなかったはずなのに、どうして今になって。
 【彼】の根城を突き止め【彼】が招かれざる訪客である銃兎を迎えるために姿を現した。
 その時、見えていた世界が瞬く間に変わった。それくらいの衝撃だった。第二次性であるバース検査は学生時代にも受けたし、警察学校時代にも一度受けていた。その時の結果はどちらもβだった。第二次性が変わるなんて聞いたことがない。 それなのに、29年間、ずっと奥底で沈んでいたΩの性が強引に外へ引きずり出される。今まで嗅いだことのないような匂いが鼻腔をくすぐる。ねっとりと甘くてどこか香ばしいそれを吸い込むたび、微弱な電流が肌を駆けずる。男の姿から目が離せない。心ではなく身体が、本能が、自分の運命だ、離れ難い存在なのだと叫んだ。
 自分より年上であろう男が、銃兎を食い入るように見つめている。初めて会ったはずなのに、憎い元締めを追い詰めたところなのに、その瞳には懐かしさすら覚え、反吐が出そうなほど幸せだった。
 これが『本能』なのか、と銃兎は思い知らされた。理性、感情、意志。すべて介入できない奥底の領域で、手を伸ばすことを、男のものになることを強く駆り立てられているような感覚。自分が求めていることの全てが、そこにあるような。これが、Ωの本能を持っている自分の、生きる意味か。脳髄を支配してゆく劣情とは裏腹に、銃兎の心はどんどん冷たく凍り付いていく。
(これが『運命』? ……お前が、俺の『生きる意味』……?)
(お前みたいな奴に逢うために、俺は、今まで……?)

「……お前、俺の番だな?」
「……っ、ッ」
「ようやく……ハハッ! ようやく出会えたぜ。まさか警察だったとはなぁ……でも関係ねぇよな、お前は今日から警察じゃなくて、俺に飼われるΩになるんだからよぉ」
 「テメェなんかと番うつもりはない!」と言うはずだった。薬物撲滅の夢のためにも、MAD TRIGGER CREWと往く未来のためにもそうするべきだと頭では、理性では分かる。けれど、この身体は言うことを聞かない。目の前の特別なα運命の番を切り捨てるようなことを口にできるはずがないと口を閉ざしてしまう。うれしい。嫌だ、嬉しくなんかない。どうしたらいいのか、全然分からない。身体が慄く。呼吸が浅くなる。足下が不確かで、ずるずると底まで崩れ堕ちていく気がしてならない。
「……なんつー顔だよ、そんなに怯えんなって。心配すんな、俺は優しいからなァ? じっくり可愛がってやるし、ちゃんといい子にできたらご褒美だってやれるぞ?」
 男はにんまりと、心底から愉快そうに笑う。まるで新しいオモチャを手に入れた子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、銃兎に手を伸ばしてくる。それが怖くて、それなのに身体はαの男に縋りつきたくて仕方ない。
逃げなければと思うものの、恐怖に支配された足は全く動いてくれない。こんな運命、嫌だ。左馬刻が俺を掬い上げてくれたんだ。俺はこれからも左馬刻と、理鶯と一緒にいたい。それなのに、男に捕まれた腕の強さすら、しっくりと馴染んでしまう。このままこの男に身を委ねたいと思ってしまいそうになる。自分の中の矛盾に耐えきれなくなって、とうとう涙腺が決壊してしまった。
 涙を零す運命の番の姿を見た男が、ふっと微笑む気配を感じる。その表情を見てしまったが最後、もうダメだった。銃兎の意思などお構いなしに強く抱き寄せられると、そのまま男の胸の中に倒れ込んだ。全身で感じるフェロモンにくらくらとする。視界が滲んでいるせいか、その光景すべてが夢の中のようで現実味がなかった。
 ああ、やっぱり自分はこの男のものにされてしまうのか。きっとずっと前から、知らなかっただけで、これが俺の運命だったんだ。認めたくないと思い続けていただけで。運命なんてクソ喰らえだと思った。しかし、それでも抗えないものが存在するということも分かってしまった。悔しい。すごく悔しいけれど……。
唇に触れた柔らかい感触は絶望的なほどΩの性を刺激してくる。
「俺がお前を飼ってやるからな。一生ベッドの柵に繋いでやる」
 ひどい文句を聞かされているのに、心からウレシイと思わされた。男の腕の中に閉じ込められたまま、銃兎はその身を預けることしかできなかった。
本当は最後に左馬刻に会いたかった。一目でいいから。会って、今までありがとうと告げて、俺は、運命の番と幸せになるよと──心から望む幸せなんて、左馬刻の隣にしかないのに。
 
 
***
 
 
 あれ以来、左馬刻に会うことはできていない。連絡ひとつできずにいる。会いたくても、会おうとしても、あの男が住む屋敷の支配から逃れられずにいる。銃兎は左馬刻が好きだった。左馬刻が隣で笑っていると幸せな気持ちになれた。願えるなら、左馬刻の隣にいたかった。それなのに、今はもう何も感じられない。
「おい、てめぇ」
「っ……」
「こっち向けよ」
「いやだ」
「……あ?」
「やめろ! 近付くんじゃねぇ!」
「んだよ、今さら抵抗するつもりか? ……まあいいぜ、力ずくで言うこと聞かせればいいだけだからな」
 あの時と同じ。また同じことが繰り返される。運命に逆らえなかったように、この男にも逆らうことができない。無理やり組み敷かれても、心は乾いて 冷えきったまま。ただ虚しいだけ。どうしてだろう。どうしてこんなことになったんだろう。
 銃兎にとって、左馬刻は特別だった。たった一人の特別な相手だった。それなのに、どうしてこんな奴に特別の場所を奪われなければならないのだろうか。譲りたくなんかないのに。運命の番と出会った時の記憶は、今となっては曖昧だ。それでも覚えているのは、運命の番に出会ってからの日々だった。
運命の男に囚われたその日から、銃兎は毎日のように抱かれ続けた。外に出ることは許されなかった。食事や風呂といった最低限の生活は保証されていたものの、それ以外の時間はひたすら犯され続けるだけだった。
 初めてヒートを起こした時は地獄のようだった。最低の自分。最低の思い出。それなのに、運命の番に抱かれてしまえば否応なく身体は反応した。それが一番嫌だった。自分の意思とは関係なしに屈服させられる。この男がαである限り、いずれ頸を噛まれ、反吐の出る運命の相手と番う日が訪れる。一生逃れることができないのだと思うと絶望しかなかった。
「お前、碧棺のイロだったんじゃねぇのかって、てっきり思ってたんだぜ。この身体見てるとそうじゃなかったみてぇだけどなァ? ケツん中濡らして悦んで」
「ぅ……うぅ」
「チッ、泣いてんじゃねぇよ。フェロモンが濁るだろ……そうだ、碧棺の真似でもしてやろうか? ”オレサマ”が銃兎を抱いてやるよ」
 そう言って男は口元を歪める。見下すような視線が肌を刺す。けれど、そんなことにさえ身体は悦んでしまう。屈辱的でたまらない。この部屋には陽が差すこともない。時間の感覚が狂いそうになる。外の世界との繋がりがないまま、銃兎は男に揺さぶられている。ぼんやりと思う。朝が来たら、いつも通りに出勤しなければならない。スーツを着て、職場に行って、仕事をする。何事もなかったかのように──どこに?
 意識が混濁している。自分が組織犯罪対策部巡査部長だったのは、もう過去のことだ。今は、行く場所も帰る場所もない。ただセックスに使われるだけのΩ。麻薬のディーラーが目の前にいるのに、しょっぴくこともできない。銃兎の身体は運命に逆らえないようにできているから、オレサマが戻るまで大人しく裸で寝てろよと言われてしまえば、もう、どうにもできなかった。携帯はどこかに持ち去られてしまい、メッセージや着信履歴がどうなっているのかも分からない。きっと、左馬刻や理鶯に心配をかけているだろう。ああ、でも。もう諦められたかな──……連絡も寄越さずに裏切ってごめんな。この心だけは、お前らのところに置いてあるつもりだよ。二人は新しいチームメンバーを迎えるのかもしれないな。メンバー申請のやり方、アイツら分かるのかなと、この期に及んで世話焼きな心配をしてしまう。左馬刻への想いを捨てきれずにいる間も、男の手が伸びてくる。その度に銃兎の心は凍えていった。
「おい、そろそろ出すぞ」
「んっ……ぁあっ……」
「ヒートが来たら、俺の子種でガキ作ってやるからな」
 ────子供なんて産みたくない。
 心ではそう思うのに、男の精子を注がれればヒートでもないのに腹の奥が熱くなる。その瞬間だけ、胸が高鳴った。本能では運命のαに与えられる子種を喜んでしまっている。浅ましい自分の身体が嫌いだ。大嫌いだった。
「お前が碧棺とデキてねぇから、オレサマは初物ヤりたい放題になったわけだ。へへっ……ラッキーだなぁ」
「やめ……っ……」
「はっ……ナカが、きゅうきゅうチンコ締めつけてやがる。イイ女だぜ、お前は」
「あッ、うぅ……っ! ……や……っ……」
「抵抗したって無駄に決まってんだろ」
 この部屋に閉じ込められてからどれくらい経っただろうか。日にちを数えることを早々に諦めてしまったから分からないけど、きっと一か月や二か月で済む話ではない。身体中に残された噛み跡。鬱血痕も酷いことになっている。男に抱かれるようになってから、少しずつ思考が鈍っている気がする。何を考えていいのか分からなくなる。ただ一つだけはっきりしていることは、運命に逆らえなかったように、運命の番であるこの男にも逆らうことができないということだけ。
 この男が初めて銃兎を犯した日から、男は毎日のようにベッドルームにやってきて銃兎を抱く。毎日。毎晩。昼夜を問わずに犯されて、心はどんどん擦り減った。いつか壊れていくだろう。抵抗することも逃げることもできない。抵抗すればするほど酷く犯された。逃げようとすると折檻され痛めつけられた。それなら最初から受け入れていた方が楽だ。運命の番を受け入れることがシアワセ。そう知らしめてくる本能が、自分の身体を守ろうとし、心を壊そうとしてくる。もう何も感じないようにして生きていくことしかできなかった。この世界で一番惨いことは、運命を受け入れて生きることだ。そう思った。大嫌いな男に抱かれている最中、考えることはいつも決まっていた。左馬刻のことだ。こんなことになるなら、最後に、好きだったと、玉砕覚悟で一言くらい言ってしまえば良かった。左馬刻に会いたい。左馬刻には、もう会えないんだろうか、二度と。こんな麻薬を売り捌いてるディーラーが俺の番だなんて、火貂組のお前に顔向けできないな。左馬刻も上等なαの若頭だから、いつか相応しい相手と出会うんだろうな。でも俺はお前が好きだった。番になりたい、なんてことは言わない。ただお前の隣で、お前と持ちつ持たれつで支い合える、そういう男でありたかった。左馬刻と並んで立つ運命の元にいられないのならばいっそこの場で死んでしまいたいとすら考えた。でも死ねなかった。この男は、銃兎が舌を噛むのも自傷行為をするのも許してくれなかった。男には逆らえなかった。そして銃兎が生きている限り男はここにやってくるのだ。だから全てを諦めた。銃兎は未だに頸を噛まれていない。怯える様を楽しんでいるようだった。もし噛まれてしまえば、男によって自分の存在が、人生が、塗り替えられる。αにとって運命の存在などいても、替えがきく存在だろう。αは複数のΩと番になることができる。しかし銃兎はそうはいかない。一生、番になったαの跡を刻まれる。左馬刻ではない、他の誰かのものになってしまう。そう考えるだけで怖気が這い回り、絶望の淵に堕とされる。
「ほら、もっと媚びてみせろよ。俺はテメェと番になる男だぞ? α様が気持ち良いって言ってんだろ、喘げ、よっ!」
 奥に熱いものを感じた瞬間、全身が痙攣するみたいにして身体が仰け反ってしまう。
「ぅ……く、ッ、ぅぐ……」
 絶対ェに喘ぐもんか。大嫌いだ。気持ち悪い。吐きそうだ。俺の運命の番って、こんな奴なのかよ。こんな奴と番になるのが俺の生きる意味なのか。左馬刻を馬鹿にしてるのか。左馬刻を騙るな。左馬刻を穢すんじゃねぇよ。左馬刻は、大事な仲間だった。今も、俺にとっては。左馬刻を想うほどに涙が溢れ、幾筋も頬を流れ、床に伝い落ちた。
「はぁー……やべぇわ……たまんねぇ。おい、もう一発出してやっからな。次はヒイヒイ泣いて感じてみせろ。うまくできたらイかせてやっからよ」
「っ! ……や、あ゙ぁっ……やめろっ……も……嫌だァッ……」
 また中に出される。何回出されたのか、もう覚えてもいない。この男の子供なんか生みたくないと思っているのに、身体は悦んで受け入れようとしているのだ。ああ、
「ぃやだ……いやだ、ゴミクズ野郎が! 離せっ、もう嫌だ………! 会いてぇよ……さまとき、さまときっ」
 みっとなく喚く心の叫びが、音になって、止められらなくなってしまう。好きだ。好きなんだよ、左馬刻。ずっと前から左馬刻が好きだ。会いたい。左馬刻の顔が見たい。声が聞きたい。触られたい。左馬刻に抱きしめられたい。左馬刻と居られないなら、運命の番なんて要らない。
「ァア゙!? んだとォ゙……!? 黙れ黙れ黙れ!! この期に及んでまだ碧棺かよ! お前らデキてもねぇくせに! 野郎のΩが気色悪い妄想してんじゃねぇぞ! テメェが誰の番になるのか分かってねぇのか!」
 男が怒りに任せ、眼球を剥き出しにして銃兎の首を絞めてくる。気道を圧迫されて苦しい。が、
「ぁ゙……っ、ぐ、いいぜ、殺せよ……! 運命、なんざ、クソ食らえだ! 俺は、……俺は、左馬刻がいいんだよ!」
 どんなαより、左馬刻がいいんだ!
 ──腹から声を張って、叫んだ。その瞬間、懐かしい、ヒプノシスマイクの起動する音が聞こえたのだった。
 弱まることを知らない青白い光が、暗いばかりの軟禁部屋に眩く、強く、差し込む。男の表情が変わったような気がした。怒りに染まる瞳が、屋敷の侵入者に向けられるより先に、強烈な────銃兎にとって世界で一番信頼に値する圧倒的な言葉の暴力が、撃ち込まれた。思わず息を飲む。求めてやまなかった「銃兎」と己を呼んでくれる確かな声が聞こえた。
「久しぶりだなぁ、テメェの啖呵を聞くのはよぉ……」
 どうやって、ここまで来たんだろう。いつの間に屋敷に入ってきたのか、どうやってこの部屋を突き止めたのか、銃兎の目の前には焦がれ続けていた相手が、碧棺左馬刻がいた。なんでこいつが、どうしてここが分かった、そんなことよりこの状況は何だよ、助けに来てくれたのか、まさかこいつが。裏切った仲間を。
「さ、まとき……? 本当に左馬刻ですか……?」
「他に誰に見えるって言うんだよ、あァ゙!? 迷子の兎を助けに来た優しい左馬刻様だろうが!」
 怒鳴るように言った後、銃兎の唇を奪うようにキスをした。舌を絡め取られて、柔らかく裏側を擦られる。
「んっ……」
 唾液を流し込まれ、飲み込む。久しぶりに味覚が戻ったかのように美味しく感じた。
「ふぁっ……んんっ……ふっ……ん、んぅ」
 夢中で口づけに応える。その間に、首筋を強く噛まれた。頸動脈の上辺り。男にも噛まれたところだ。左馬刻に上書きされたようで酷く安心するのだが、
「んあっ……や……さま、だめ、今……それされると……イッちゃ、う……からぁ……」
 昂った身体が性感を拾ってしまう。こんな時なのに、久しぶりに会えたのに。銃兎が離れようとするが、左馬刻はニヤリと笑った。
「イけよ、見ててやるから。お前が俺にキスされてイっちまうのをしっかり見届けてやっからよォ」
「ひっ……ぁ、ぁああッ!」
 身体が跳ね上がり、白濁液が自分の腹に飛び散る。
「おー、盛大に出たなァ? Ωの精液ってのはどんだけ出せば空っぽになんだろうな。試してみるか」
「バカっ……やだ、無理、もう、……左馬刻、さまとき…」
 ぎゅっと左馬刻にしがみついた。左馬刻の汗の匂いと一緒に、左馬刻のαフェロモンを感じる。Ω性を発露していなかった以前よりも、ずっと鮮明に。左馬刻のフェロモンは、甘く、ほんのりスパイシーで、いい匂いがした。蕩けるようだ。腕の中が心地良い。左馬刻も同じように感じたのか、銃兎を抱きしめてくれる。
「ったく……甘えちまって、かわいいな俺様のウサちゃんは」
「俺のだっ! ……ぐ、ゲホッ、げほっ……待てよ! 触んな! そいつは俺の番にするんだ、勝手に奪ってんじゃ……ぐは、ッ!」
「ハッ、ンなもん知るか……銃兎はなァ、このクソみてぇな世界をぶっ壊したいって言ってんだよ! だから俺様についてきた! テメェみたいなゴミ蟲に俺らの邪魔される謂れはねぇんだよ!!」
 近づいてきたαを左馬刻が容赦なく蹴り飛ばした。言葉で脳天を撃ち抜かれるような衝撃を受ける。そうだった。俺は、自分の意思で左馬刻の隣を選んだんだ。俺の生きる意味。運命の番なんて関係ない。運命は自分で決める。何があっても絶対に手放さない夢があった。他の誰にも渡せないと誓ったのだ。左馬刻が、あの日、それを叶えると言ってくれた。左馬刻の紅い瞳と目が合う。その奥には確かに愛情があるのだと分かる。それは運命の番に対して作用する支配的な力とは違う、あたたかい感情。
「左馬刻、……あのクソカスディーラー、二度と顔も見たくねぇんだ。運命の番って厄介だな」
 左馬刻以外の奴に抱かれるくらいなら死んだ方がマシだと思うのに、逆らえなくなるなんて。
「ふん、……一生シャバに居られなくしてやるから安心しろや。全部片付けたら俺と結婚するか」
「け、……!? …あのなぁ、急に何言ってんだボンクラヤクザ」
「あァ!? ウサちゃんがΩになっちまったんだから俺様がもらってやるに決まってんだろ。俺が一番お前に合ってンだからなぁ? 不満でもあんのかよ」
「……決定事項みてぇに言いやがって」
「答えになってねぇぞウサ公。俺様じゃ不満かって聞いてんだよ」
 付き合ってもなかったくせに、相変わらず無茶苦茶なヤクザだ。でも、
「不満なわけねぇだろ……!」
 そんなところも好きだ。左馬刻は銃兎にとっての絶対で唯一だ。俺はΩじゃない。お前と生きたいと願う、ただの男だ。左馬刻がいなければ、吸った息が詰まる。愛してしまっているのだと思い知らされる。運命などという不確かなものより余程強い感情を、二人して互いに抱えていられるのは、なんと幸せなことか。左馬刻が近づいてくる。今度はキスではなく頸に触れる。そこに触れられると甘い疼きが広がった。まだ番の契約をしていないのに、もう左馬刻が愛おしい。左馬刻しか見えないような、不思議な感覚に陥る。左馬刻が頸をべろりと舐めた。そのまま深く口付けられ、互いの舌を貪り合う。呼吸すら奪われそうな激しい口付けの後、耳元で優しい命令が下された。
「銃兎、疲れただろ。俺と理鶯できっちりヨコハマに連れ帰ってやるからよ……少し休んでろ」
 もう左馬刻の声しか聞こえない。銃兎は頷いて目を閉じた。男の汚い怒号が響く。でも、それも次第に遠くなる。
 だって、左馬刻がいる。理鶯もいる。絶対的な信頼の於ける二人だ。それだけで安心できた。左馬刻と理鶯がいるなら、不安はない。意識が途切れる寸前、恋しくて無意識に手を伸ばしてしまったらしい。それに気づいたのか、しっかりと握られる感触があった。
ああ、やっと手に入れた。運命は自分で切り拓く。自分が伸ばした手の先にあるのが運命の相手だ。左馬刻の手を、銃兎は強く握りかえした。