涙を拭うのが下手だ

 現職警官ナメてた。というか銃兎相手に警戒なんかそもそもしてなかったっつーのが正しい。
 目が覚めたら両手がキッチリ縛られてやがったので、ゴム付けてやることすらもできなかった。馬鹿野郎。せめてゴムはテメェ自身の為にも着けた方が良かっただろ。
 ぎゅうぎゅう締めつけてくるのに抗いきれず、生でナカ出ししちまったのが感覚で分かったんだろう。挿入されてた俺のが引き抜かれて、ずっと開いたままだった銃兎の白い内腿が、脚を開き続ける体勢に耐えかねたように震えた。俺の上から退いた銃兎は、へたりこむようにシーツに座り込んで、そのまま俯いた。
「……ごめんな…」
 前髪で顔が見えねぇけど、俺が起きてることはとっくに分かってるんだろう。常夜灯の中で項垂れている銃兎が、眉を下げて情けないツラをしてるのが簡単に想像できた。今更もう寝たフリして無かったことにしようなんて思わない。銃兎との初めてがこんな形になっちまったのはメチャクチャ、そりゃもう、すげぇ不本意ではある。それでも銃兎としたことには変わりねぇんだから。
「……銃兎、何でこんなことしたんだよ。無茶しやがって」
「お前、好きなヤツがいるって、俺に言っただろ……飲んでる時」
 そうだな、言った。お前全然気づかねぇから、反応が見たくて、わざとそんな話をした。「そうなのか、知らなかったな」ってクスクス笑ってただけだったくせに。上手くいくといいな、応援してる、とか年上ぶりやがったくせに。ちゃんと覚えてたのかよ。覚えてて逆レイプかましてくるってどんな心境だよ。
「だから……左馬刻にドン引きされて、気色悪いって言われて、それで、もう諦めようと思った」
「………はぁ」
「すまない、左馬刻は、……俺を信頼して、一緒にチーム組んでたのに……それを裏切ったんだ。俺の処分は好きにしていい、から……ッ、ぅ、わるい」
「おい、銃兎、これ解け。手ぇ使えねぇ」
「ごめ、ん。わるい、ごめんな、さまとき………」
 銃兎は俺の拘束を解いて、「左馬刻の気が済むまで殴ってくれていい」と言った。するわけねぇだろンなこと。思ったからその通りに言ったら、俺から離れるようにベッドの端に蹲る。キングサイズのベッドってデカくていいと思ってたけど不便なこともあるんだなと、俺は初めて知った。
「ひでぇ男だよな、俺は。左馬刻を護らねーといけねぇのに、護るどころか、レイプして……傷つけた。ただのクズだ……さまとき、ッ、……よごしちまって」
「んな端っこにいたら落っこちンだろうが。別に俺は汚れちゃいねぇよ、ほら……こっち来いや」
「うう、ッ、やだ、俺に触んな……っ」
「あーうるせぇうるせぇ。銃兎、そんなに目ぇ擦んな。腫れンぞ」
 腕が解かれてて良かった。自由になった両手で、くしゃくしゃのシーツの布ごと銃兎を引き寄せた。綺麗な翆色の両目から溢れてくる雫を指で拭ってやる。睫毛まで水滴まみれだし、拭っても払っても、兎の目からほたほた溢れてくるからキリねぇな。後で水飲ましてやらねぇと。
 銃兎はしおったれちまって、さっき「触んな」と俺に言ったきり無言だった。まぁ本当は何か言いたいんだろう。でも込み上げてくるしゃっくりみたいな嗚咽が邪魔して、何も言えないみたいだった。唇を強く引き結んで、嗚咽も最小限になるように取り繕っている。痛てぇのを堪えてるみたいだと思った。そのうち、静かな部屋に二人分の呼吸だけが息づくようになった。銃兎の涙は止まったが、擦ったせいで目蓋が腫れぼったくなっちまって、身体も熱い。
「銃兎、具合悪くねぇか……? 腹痛くねぇ?」
「……平気だ、なんでもない」
「……尻んナカ、大丈夫なのかよ。無茶して切れちまったりとかしてねぇか」
「……もう、どうでもいい、そんなこと」
「は? おい、ちょっと見せてみろ。軟膏とかあるし俺様がやってやる」
「いらねぇ……! もう、無理して俺に優しくする必要ないだろうが。それより、ここから出てけって言ってくれ。処分してくれ、俺を」
「処分って……」
「一度だけでよかったんだ。これで終わらせる」
 あんまり優しくするな、余計好きになる。
 そう言って俺の手から離れた銃兎が、何もかも諦めたような、これから俺を手離すことを決めてるような笑い方をした。コイツは笑ってるけど、きっとまだ泣いてるんだろうと思った。俺が帰れって行ったら銃兎は出て行って、一人で泣くのか。俺の知らないところで。今までもそうだったかもしれない。気づかなかったんだ俺が。
「……勝手に終わらせんな。こんなのが最初で最後とか俺様は許さねぇぞ」
 銃兎が目を丸くする。すごく嬉しいけど、期待なんかして赦されるのか、どうしたらいいか分からねぇとでも言うように視線がうろうろと彷徨う。何か言いたげに唇がわななくが、声にはならなかった。
「……ったく銃兎。何で勝手に俺の気持ちまで否定してんだよテメェは」
「……だ、だけど、……俺と左馬刻は、仲間だろ………店より宅飲みに誘われることが増えたから、嬉しくて」
「おう、よく分かってんじゃねーか。そんで?」
「それで、左馬刻は……美味い酒をタダで飲めるのが好きなのかと思って」
「は」
「だから俺、頑張って色々考えながら選んだんだ。それも楽しかったぞ。左馬刻は、俺が行くといつもツマミとか飯を用意してくれてたからお礼代わりになるし、俺が酒持ってきたら、左馬刻だって毎回喜んでくれたじゃねぇか」
「いや美味い酒が好きっつーのは間違いじゃねぇけどよぉ、……お前、本当に酒が目当てで呼んでると思ったのかよ?」
「……違ったのか?」
「酒なんかお前に会う口実だわ。飯のついでに誘えばお前絶対来るからよ……ぶっちゃけなんでもいい。気負わなくたって、コンビニとかスーパーで買えるような缶ビールでも酎ハイでも、銃兎がいれば何でもいいし何でも美味くなる」
「はぁ!?」
「そりゃそうだろ。あのなぁ、俺様を誰だと思ってんだ」
「ハマの王様サマトキサマだろ!」
「サマトキサマは酒が飲みてぇだけなら自分で買うんだよ。好きでもねぇ奴なんか家に呼ばねぇし、そもそも誘わねぇ。好きでもねぇヤツと飲まねぇ。メシなんか作ってやるワケがねぇ。無防備に寝たりなんかしねぇし……そもそも野郎同士が同じベッドで寝るわけねぇだろうが!」
 これ以上野暮なこと言わせンなよクソウサギ!
 もはやキレる勢いで告白したら、銃兎は目をぱちくりさせた後、ようやく俺の台詞を飲み込めたみたいで、「え……」と小さな声を漏らした。
 え、じゃねぇよ。ラップバトルの時の冴えまくってる語彙力どうした。俺様がここまで言ってやってンのに、まったく手間のかかるウサちゃんだな。今となっては自分のしたことに自己嫌悪しちまって、俺に掠り傷一つすらつけまいとしてやがる。
 面倒臭くて、不器用で、だけどいつだって俺にだけ向けられてるお前からの好きを、処分なんかして堪るかよ。だって俺もお前と同じ気持ちなんだ。
 指先だとか肩が触れ合っても、煙草の火を分け合って吸っても、やたら近い距離がお互いに馴染んでいても、それが全部ただの偶然とか思い込みだったと、特別な意味なんてないんだと知ってガッカリしたくなかったんだ。ずっとこのままでいいとか、らしくもなく日和ってた。
 それは俺だけじゃなくて、銃兎も同じだろう。始まる前に嫌われて終わらせようとしてくるとは思わなかったけど、嫌いになんかならねぇし、何しでかされても許せちまうくらいに好きだ。
「うっかり寝すぎちまったのは失敗だったわ。起きたらもう銃兎が乗っかってて、なんも覚えてねぇんだからよ」
「……すまない」
「謝るんじゃなくて俺様に言うことがあるよな?」
「……左馬刻が好きだ」
「おう、俺もすげぇ好き。……それで、銃兎は最後にしたいんだっけか」
「そ、れは……」
 言葉が詰まる。黙り込んじまって、可愛いなホント。
「すげぇ寂しいな、俺らせっかく両想いになれたのによ……しかも俺なんも覚えてねぇし」
「さ、さいごにはしない! いや、あの……最後に、しないで、ほしい……」
 最後、って言葉を言うだけですげぇ泣きそうな顔するから堪らなくなった。噛みつく勢いでキスしてやった。付き合えたら絶対したかったんだよな。
「ッ、ん、さまとき」
「逃げんな」
 顎を掴んで顔を傾けて、もう一度唇を押し当てる。上唇と下唇を交互に食んで、ちゅ、と音を立てて宥める。隙間から舌を滑り込ませて、軟口蓋を擽った。おずおず触れてきた銃兎の舌を絡めて、痛くならねぇように優しく吸う。
「……ぁぁ、ふ、ん、んぅ……!」
 息が苦しくならない程度で解いてやると、舌先同士を繫げた糸が切れた。緊張がふやけてクタクタの銃兎とベッドに向かい合って寝転がると満たされた気持ちになる。
「今日はもうしねぇけど、風呂は二人で入るからな。後ろちゃんと見せろよ」
「……分かった。本当は今も、お尻が少し痛いし……挿れるのだって、今までそんな経験ありませんから、怖かったんです。思い出がほしくて気合いで頑張りました」
「ったくよぉ、バカウサギ。思い出なら俺ら二人で作ればいいだろーが。次する時はトロトロに柔らかくしてから、ゆっくり挿れてやる……だから、またしようぜ」
「うん……左馬刻に、ちゃんと抱かれてみたい」
「いっぱい気持ちよくしてやっから、銃兎の可愛いところ俺様に全部見せろ」
「……俺は男だし、お前が今まで抱いてきた子ほど可愛くもないだろ」
────だけど左馬刻になら全部見せるよ。
 きゅう、と俺に抱きついた銃兎が、耳の先まで真っ赤にしながら約束してくれた。
 銃兎は知らないんだろう。
 俺は今まで、こんなに誰かを好きになったことなんかねぇよ。特別枠が出来たのなんて初めてだ。俺には銃兎だけだ。
 言いたいことが何も言えずに、ぎゅう……と抱きしめ返すだけになる。言おうとはしたんだ、俺様も。でも銃兎が腕の中にいることを意識したら声にならなかった。胸の奥が沸き返りやがって、ぐつぐつ熱い。