「銃兎……?」
探偵モノの推理映画に左馬刻がハマって以来、二人で映画鑑賞する機会が増えていた。今時はサブスク契約すれば沢山の映画が自宅でも楽しめる。今ではミステリー作品だけではなくて他の系統の映画も見るようになったりして、正直嬉しい。いかにも左馬刻が好きそうな派手なアクションパニック映画の再生画面を前に「これ一緒に見ないか?」と持ちかけてみたときは緊張したが、左馬刻は疑うわけでもなく「面白そうじゃねーか」と笑ってくれた。かわいいやつだ。偶然を装って「実は前から気になってたんだよ」なんて白々しいにも程があったと思うが、左馬刻は俺の下心に気づかないでいてくれたらしい。
とにかく、中々悪くない現状だ。俺にとって左馬刻と映画を観る時間は優先事項に食い込むし、絶対に外したくない。……例え連勤からの徹夜明けだったとしても、左馬刻に誘われれば、俺は行く。だから今日も来た。来た、のだが。
「! ……ぁ、…悪い」
「眠いのかよ。もしかして寝てねぇのか?」
無意識のうちに舟を漕いでしまったらしく、ウトウトしているところを思いきり見られた。隣にいるんだから当然バレただろう。気まずくなって俯いた。左馬刻は不快になったに違いない。
「……すまない。最近忙しくて……いや、ただの言い訳だな。やっぱり今日は帰って寝ます。映画の続き、今度でいいか?」
「気になるから今見てぇ」
「でも……」
「眠いならウサちゃんは無理しなくていいだろ、俺様が肩貸してやんよ」
「は……? いや、それじゃ左馬刻に迷惑だろ」
「ンなもん気にしねーよ」
「……モテるよなお前。知ってるけど、理由がまた一つ分かった気がします」
「あ? 今それ関係ねぇだろ」
いいから凭れとけ、と腕を引かれて、右半身が左馬刻と近くなる。隣に座るより近くなるとは想定していなかった。映画館の座席では絶対に成し得なかった距離。体温。普通に考えて邪魔だと思うんだが左馬刻は何も言わなかった。もう映画のストーリーに集中しているようで、視線は前を向いたままだ。
……左馬刻の肩で寝られるわけねぇだろ。重いだろうし、何より緊張する。ハタから見たら大分おかしな絵面になってるはずだ。
左馬刻がウィルキンソンの蓋を捻って一口飲んだ。尖った喉仏が上下する様子を間近で見て、なにやってもサマになるよなと思う。
飲み終えた左馬刻が「なぁ、銃兎」と俺の名前を呼ぶ。視線は画面に向けられていて合わない。
「別に映画なんていつでも観れンだろうが。連勤明けでお疲れのウサちゃんが寝たって怒んねぇよ」
「だって……これ、観たかったんじゃないのか?」
「まぁ……一人で見るのもつまんねぇから呼んだけどよ、さっきからお前が気になって集中できねぇ……」
「悪い……気を遣わせたな。やっぱり重かっただろ」
「勝手に離れんなや! ……こっち来いよ、ウサちゃん。今日はこのまま泊まってけ。運転すんの危ねぇだろ」
「いいのか……?」
「俺様が良いって言ってんだ」
「……ありがとう、左馬刻」
帰らなくていい、となると張っていた気がまた少し緩む。少し緩んだついでに、もたれ掛かった。目を閉じると一気に眠気が襲ってくる。左馬刻のシャンプーの匂いなのかボディソープの匂いなのか香水の香りなのか、分からないが、とにかく良い匂いがした。体温がぬくい。俺が寝たままソファから落ちる心配でもしたのか、腰ごと抱きこまれる。くっついていると余計に眠くなって、左馬刻の首元に額を寄せた。映画の内容は、耳でなんとなく聞いているだけだ。
「はっ、……、…………すげぇかわい」
「ん、どれ……?」
「ッ何がだよ」
「お前がかわいいって言ったの、俺も見る。どの女優だ……?」
かわいい動物やペットの出てくるような映画じゃないから、きっとかわいい女性だろう。左馬刻の好みが知りたくて顔を上げると至近距離で目が合う。すぐに視線が逸らされた。
「知らねぇ。言ってねぇよ可愛いとか」
「嘘だ。心臓の音すげぇドキドキしてる。よっぽど好みだったんだろ……? なぁ、教えろって」
「もう映ってねぇよ。……ちゃんと見てねぇ銃兎が悪い」
左馬刻の手が伸ばされて俺の前髪をかき上げた。掌が後ろに滑って、頭を撫でていく。その手つきは優しくて心地よかった。