常に最高の事態を想定せよ

 他のディビジョン代表メンバーと比較すれば、彼らとはそれなりに親交がある方だと言えるだろう。そんな二人と、酒でも飲もうということになった。シンジュク某所にある一二三のマンションは既にもてなす準備が完了しており、初めは嗜む程度にしか口に運ばなかったアルコールも今では程よく回ってきている。ツマミのハムやチーズに野菜スティック、イカ焼き、ナッツ、どれも中々に美味い。酒を飲んで楽しい気分になれるというのは大人の特権だが、何を言っても酒のせいにすれば何とかなるというノリは良くない────銃兎は、そのことについて深く反省した。

「女の子と酒飲んだりとかさ、ウサちゃんはしないわけぇ? 彼女とか!」
「あー……仕事の一環では、ありますけど」
「それはノーカンっしょ! なーんだ、モテそうなのにぃ」
「ふふ、それは貴方達も同じでしょう……? 何しろディビジョンバトルの代表チームは顔も売れてますしね」
「いやー、全然そんなことないですよ……俺は、一二三くらいしか飲む相手もいませんし、はは」
「俺っちじゃ不満かよ!」
「そうは言ってないだろ」
 男同士の宅飲み会とくれば当然、恋愛話にもなる。しかし、普段の生活の中で銃兎と共に酒を飲む頻度が一番高い相手といえば、彼らとそう変わらないものだ。
「まあ、左馬刻……かな、よく一緒にいる相手といえば」
「あー、ザーヤクとウサちゃん仲良いもんなぁ」
「俺からすれば、ヤクザの若頭は……ちょっとコワいです、酒の味が分からなくなりそうだ……」
「んふふ、……アレで可愛いところがあるんですよ。そうだ、見てください」
「! え、何コレ」
「写真ですか?」
 かなり気の強そうな(というか実際に気性は荒い)眦でカメラを自信満々に睨みつけ、挑戦的に笑っている。写真フォルダに納められている左馬刻を披露した銃兎は「どうですか、可愛いでしょう?」ともう一度ワケのわからないコメントをした。
「可愛い……っつーか、凶悪そう?」
「それが良いんですよ。この写真も、何故だか知りませんが勝手に私のスマホで撮られていて……今日飲みに行くことを話したら、お二人にこの写真を見せるようにと言われてたのを今思い出しました」
「そ、それは」
「えーっと………もしかして付き合ってんの? 俺っち達、ケンセーされてる?」
 銃兎はハタと手を止め、そして少しだけ考えてみた。確かに左馬刻と仲良くしている自覚はあるし、互いの職業柄もあってあまり表立って言えないようなアレやコレも相談に乗ってもらったりして助かっている面もある。その上こんな風に写真なんか自慢している、今の状況について。そして、蠱惑的とも受け取れる笑みをすんなりと唇に乗せた。
「……ええ、実はそうなんです。私、左馬刻と付き合っていて」
「ひえええっ!?」
 独歩の素っ頓狂な悲鳴に笑う。もちろん冗談だ。
 だいたい左馬刻なんかめちゃくちゃモテるし、金権力女に酒が左馬刻様だぞ。俺なんか恋人に選ぶわけねぇに決まってんだろ、と心の中で突っ込んだ。すべては酒の勢いで作り出された虚偽の発言に他ならない。しかし銃兎の発言をすっかり信じ込んでしまったのか、独歩も一二三も目を丸くしている。一体どこに信憑性があったのか謎すぎる。
「ま、マジか〜! ……たしかに、こーやってよく見るとイケメンってだけじゃなくて、睫毛も長いしスッゲー美人系だよな……てゆーかすっげぇモテそう。モテるっしょ?」
「モテますよ。左馬刻は外見もそうですが、中身もイイ男ですからね……ヨコハマ市民の皆様にも、ヤクザにしては随分と好かれているんです。知っての通りTDD時代からのファンも多いですし」
「そうですよね……というか、カッコよすぎて心配になったりしませんか? ははは、もし俺だったら、自分に自信がなくなりそうだ……俺と釣り合わなさすぎて、いつか捨てられるんじゃって心配になったり……」
「もー、独歩ちんネガティブすぎ!」
「その心配はありません。なんといっても左馬刻は私にベタ惚れのゾッコンなんですよ。浮気なんて有り得ません♡」
「ひゅー、ウサちゃん愛されてる〜!」
 勝手に恋人にしてごめんな左馬刻……と思わなくもない。だが冗談だと明かすつもりだし、ここはシンジュクディビジョンだから本人には絶対にバレることもない。深刻に考えなくても大丈夫だろう。
「でも初めて聞いたからビックリしました……仲が良いな、とは前から思ってましたけど」
「付き合ってる相手が相手だからな〜。あ、別に変な意味はないから!」
 いや、本当に付き合ってるわけがないから、誰かに言うわけもないだろう。
 完全なる銃兎の片想いである。勝手に、こっそりと左馬刻を好きでいるだけ。左馬刻は気を許した身内には懐いてくれるらしく、最近はいかんせん距離ばかり近くなって苦しいこともあるのだ。煙草の火をねだられることは毎回だし、「暇だから」、「一人だとつまんねぇ」なんてお気軽すぎる理由で今から会おうぜ銃兎の電話がかかってくる。通常、マル暴と担当の組のヤクザであれば、職務上の付き合いはあれど、ここまでプライベートにつるむわけがない。チームメイトというのは、関係性が近くなることと同義だ。共に過ごすだけ信頼と絆が深まり、その分だけ、入間銃兎という存在は碧棺左馬刻の日常に馴染んでいく。無自覚なんだろうが左馬刻が銃兎の肩にしょっちゅう触れたり、銃兎が署内で他の者と親しくしているとあからさまにヘソを曲げられたりなんてことがしばしばあって、その度に、こう、胸の奥がきゅんきゅんするのだ。
 まさかこの年になって初恋をするとは思っていなかった。しかも相手は同性でヤクザの若頭だ。初めて左馬刻を意識していることに気づいた時は驚いたし大いに戸惑って悩んだものの、今はもう開き直っている。チームの仲間として、時には左馬刻の補佐役として、傍らに立っていられるだけで幸せだ。さすがに自分が恋愛対象として意識されているとは到底考えられない。銃兎だって左馬刻のことを恋愛的な意味で好きだが、決してホモというわけではない。左馬刻だって男を恋愛対象として見るような素振りは全く見せたことがなかった。
 だから、何かを望んでいるわけではない。今だけ、嘘でもノロけてみたかっただけだ。この場に左馬刻がいないことを良いことに”左馬刻が自分にベタ惚れのゾッコン”だなんて理想も良いところだけれど、頭の中では架空の左馬刻との馴れ初めまで完璧にシミュレーション出来ている。今夜は気の済むまで話して聞かせてやろうか、左馬刻の好きなところを。そうだな、それがいい。左馬刻の話を沢山聞いてもらうにはもってこいだ。
 残っていたグラスのワインを一気に干してしまう。どぼどぼと代わりを注いで、もう一度。こんなアルコールなんかでは忘れられない恋情を抱えている銃兎はもう充分すぎるほど酔っていた。酒のせいで顔も桜色に火照っていて、春の夜とはいえ汗ばむほど。
「んん……はぁ、暑いですね」
「え、あ、……そっかな…? つかそんなに飲んでだいじょぶ?」
「い、入間さん……今日、ウチに泊まっていくのとかって連絡したんですか?」
「え……? してませんけど。誰にです?」
「それは勿論、左馬刻くんに……ええっ、してないんですか!?」
「無断お泊まりぃ……!? それマズくね? だって碧棺だよ? ぜってぇ独占欲エグそうだし、バレたら俺ら二人とも殺されてバラバラにされて魚のエサ的な?」
「無理無理無理! 今からでも連絡しましょう、さま、いえ、碧棺さんに!」
「ウサちゃんの着歴……げっ、ほらやっぱり! 不在がある! 絶対怒ってるって〜! だってもうすぐ日付変わるっしょ!?」
「入間さん今すぐ折り返しましょう! お願いします、俺達のためにも!」
「いや、……ええ、はい……?」
 二人に急かされて折り返しするが、正直なところ左馬刻が自分に電話をかけてきた理由も分からないし何を話すべきなのかも分からない。大体、左馬刻からの電話なんて日常茶飯事で二人が焦るほど大袈裟な事件ではないのだ。今日の飲み会だって泊まることまでは話していないけれど、左馬刻には事前に伝えてある。写真を撮っている時なんか寧ろ上機嫌だったから、怒っているとは思えなかった。

 だが銃兎は、左馬刻に電話することにした。酔っているので、左馬刻の声を聞きたいという欲求だけに任せていた。誰だって酒を飲んでいるときに不意に思い出して恋しくなり、好きな相手の声が聞きたくなったりするだろう。銃兎にとって今がその時だった。運良く起きてくれていたらしく、すぐに通話が繋がる。
『銃兎、どうした?』
「さまとき……」
『飲みすぎやがってグズグズじゃねぇか……で、何かあったかよ』
「んん……別に、なんもねぇ。さまときの声聞きたくて」
『リーマンとホストんとこ居るんだろ』
「そうだけど、でも」
『ン……? なんだよウサちゃん寂しくなっちまったか?』
「あ、もしもーし、すみませぇん、ひふみんでっす」
『ア゙……? おい盗み聞きしてやがンのかテメェら』
「違うって! ウサちゃんスピーカーにしてるからさ、全部聞こえてるだけ! てかそうじゃなくて、ウサちゃん今日はお泊まりする予定なんだけど言ってなかったみたいだから」
『あ? お泊まり……?』
「そうそう! こういうの彼氏様に一応連絡したほうが良いしサマちんも安心するっしょ?」
『彼氏だと』
「かれッ!? ……すみません間違えました!」
 銃兎は持ち前の精神力を発揮し、一気にシラフに戻った。秒速で通話を終了させる。やべぇ死んだ、と思った。何を言っても酒のせいにすれば何とかなるというノリは良くない────銃兎は、そのことについて深く反省した。

「ええっと……入間さん?」
「なんかあった……?」
 二人に心配されたそばから再びの着信。取ったほうが良い、と急かされてしまってはもうどうしようもなく、今度こそスピーカー機能をオフにして通話ボタンを押した。席を外し、廊下に出るのも忘れない。
「……ああ、俺だ、左馬刻」
『どういうことだ銃兎。勝手に切ってんじゃねぇぞ』
「間違えたんだ、気にするな」
『間違えただと? 説明しろや』
「ちょっとした手違いがあって、左馬刻が俺の恋人ってことになっちまったんだ……すまない、二人には俺が話すから」
『銃兎、あの写真ちゃんと見せてやったか?』
「写真……? ああ、見せた。そしたらなんか勘違いされたみてぇで、いや、ふざけた俺が悪かったんだが」
『ははっ、そーかそーか。じゃ、迎えに行ってやるからそこにいろよ』
「迎え!? いや、今夜は二人のとこ泊まるから」
『泊まりなんざ許さねぇに決まってんだろ』
 銃兎と話しながら外出準備をしているらしい。程なくしてドアの閉まる音。エレベーターの操作音も聞こえる。まさか本当にヨコハマからシンジュクまで来るつもりだろうか。確かに日付は変わっているが、左馬刻が不機嫌になる理由になるのか。
 銃兎のスケジュール的に明日はオフなので、一二三と独歩のマンションの客室に泊まっても全く問題ないはずだ。
 しかし、左馬刻は問題ない、とは言えないのではないか。左馬刻の稼業を考えれば夜中に出歩くなどあまりしない方が良いに決まっている。
「おい、左馬刻……! 俺は別に明日帰ればいいだろ。それよりお前に何かあったらどうすんだ」
『俺様は構わねぇんだよ、そんなもん。小バエ共が寄ってたかってきたところで捻り潰すだけだ……それともカレシサマが邪魔か? シンジュクの奴らと浮気するつもりかよウサちゃんは』
「泊まるってそういう意味じゃねぇよ! 分かってるくせに変なこと言うなっ」
『フン、馬鹿じゃなけりゃ俺様のモンに手ェ出そうとしたらどうなるかも分かってんだろうな……まぁとにかく待っとけや、三十分くれぇで着くわ』
 ブツリ、と通話が切れる。銃兎は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 左馬刻が迎えに来る。そう告げた途端、二人が明らかにソワソワしはじめた。左馬刻が私の彼氏っていうのは冗談なんですよとネタバラシしてはみたものの、左馬刻が必ず押しかけてくるであろうこの状況で信じてもらうには弱すぎる気がする。というか絶対に彼氏だと思われている。一二三も独歩も、何を想像しているのか顔を赤くしたり気まずそうにしているのだ。
 リビングに備えつけられた時計を見ると、もうすぐ到着する頃合いだ。件の通話から三十分後、呼び出しのチャイムが鳴る。エントランスを抜けてまっすぐこちらに来ているに違いない。観念した銃兎が玄関に降りてドアを開けると、当然のように左馬刻の姿があった。
「よぉ。お出迎えか? お利口なウサちゃんだな」
 上機嫌な左馬刻は、上がり込んだ先のリビングで一二三と独歩の姿を見ても「銃兎が世話になったな」なんて挨拶したりなんかして、特に動じていないようだ。
だが、銃兎は違う。一二三と独歩にされているだろう誤解を現時点で上手く解けた気がしないので、後ろめたさが拭えない。
「伊奘冉さん、観音坂さん、左馬刻は私の」
「俺様が銃兎の彼氏だって話だろ。おら帰んぞ。こんな時間まで他の男と一緒にいるんじゃねぇっつの」
「ちょ、引っ張んなって……!」
「じゃあなテメェら」
 有無を言わさず部屋から連れ出される。二人に別れを告げる暇もなかった。”こんな時間”と表現しても差し支えない夜更けではあるが、やはり左馬刻がシンジュクまで迎えにきてくれた理由はよく分からなかった。
 左馬刻の運転する車の助手席に乗せられる。アクセルを踏むとヨコハマへと走り出した。飲酒をした銃兎は諦めて助手席に収まってはいるのだが、やはり何となく罪悪感がある。銃兎の片想いで、嘘でもノロけてみたかっただけだったのに。なぜこんなことになったのか。夜中に車を飛ばして迎えに来てくれるなんて、図らずも”ベタ惚れのゾッコン”に見えなくもない。
だが、左馬刻本人にまで茶番を演じさせて申し訳ない気持ちだった。しかし当の左馬刻はといえば電話口での不機嫌さも消え失せている。一二三と独歩を驚かせてやったことですっかり満足しているのか「勝手にそう思わせときゃ良いんじゃねぇか?」なんて笑っている。赤信号で停車した時、不意にこちらを向いた左馬刻が銃兎の顎を軽く捕らえる。あっと思う間もなく、唇に柔らかいものが触れていた。
「……ふん、酒くせぇの」
「! じ、じゃあするなよ……! なんでこんな、やめろ……!」
「恋人なんだから良いだろ」
「俺とお前はそんなんじゃねぇだろうが!」
「へぇ、じゃあ俺様のこと彼氏って言ったのは誰だよ」
「……それは、俺だけど」
 信号が青に変わり、車はまた走り出す。左馬刻のご機嫌は相変わらず良さそうだ。でも左馬刻が恋人なのはやっぱり変じゃないか。フォルダに保存されている写真を思い出す。最高に格好よくて、銃兎からすれば可愛いところもある年下のリーダー。睫毛が長くて、伊奘冉一二三曰く美人系で、すっげぇモテそうな。そんな左馬刻が、口うるさくて年上で、シャツにアイロン一つかけられない上に、酔っぱらって電話をかけてくる面倒な男の彼氏になんてなるわけがない。架空の左馬刻との馴れ初めは完璧にシミュレーションしていたが、正直、まだ架空の左馬刻ともキスなんかしていなかった。最近ようやく手を重ねてみたところだ。
「俺様のこと好きなんだろ、嘘ついちまうくらい」
「……忘れてくれ。左馬刻に言うつもりじゃなかったんだ」
「もう言っちまったし、アイツらにも俺様のモンって見せつけちまったな」
 見せつけ、なんて評されると顔が熱くなる。確かに一二三も独歩も驚いていたし、変に勘違いされたかもしれないけれど────あの場はもはや左馬刻の独壇場で、そう思わせたままお暇するしかなかった。改めて言われると恥ずかしくて堪らない。ニタリと悪どく笑う左馬刻がどこまで本気なのかも分からず、脳内で懸念ばかりが巡った。

 シンジュクからヨコハマディビジョンへ戻ってくると、そのまま左馬刻の自宅に向かった。駐車場に車を停めて、二人きりでエレベーターに乗っていた。銃兎、と名を呼ばれて視線を移す。
「……泊まるならアイツらんとこじゃなくて俺様の家だろ」
 そう言って左馬刻は銃兎の手を握る。指を絡められて、振り払えない自分がいた。玄関のドアが閉まり、鍵をかける音が響く。リビングに通されたところでやっと繋いでいた手を解放される。
左馬刻の肩越しに視界に広がっているのは、みなとみらいの夜景だ。タワーマンションの窓ガラス越しに見る夜景は、高層階なだけあってキラキラとした輝きを一面に纏い、とても美しいのであるが……今日はそのせいで余計に緊張してしまう。この部屋には何度も来ているのに、まるで初めての場所みたいに心臓が激しく脈打っていた。左馬刻が、銃兎を見つめるばかりで何も言ってくれないせいだ。静まり返って邪魔者が一切入らない部屋で、茶化すには材料が足りなすぎた。
「左馬刻、電気」
 銃兎の指先がスイッチに触れる前に腕を掴まれて抱き寄せられた。左馬刻の匂いに包まれると、それだけで頭がクラクラしてくる。耳元で名前を囁かれて、ぞくりと背筋が震えた。
「電気いらねぇことすんだろ」
「ん……っ」
 唇が重なる。角度を変えて何度か触れ合うと、舌先で唇がノックされた。銃兎が薄く口を開くと、そこから左馬刻の熱い舌が入り込んでくる。息継ぎをする間もなく口内を荒らされて、思考回路が働かなくなる。上顎の内側をちろちろと舐められて、頭の奥のほうがじんわり痺れるような感覚に陥った。身体がどんどん火照っていく。左馬刻の手が銃兎の腰を抱き寄せ、より密着する体勢になる。
このままだとまずい────そう思って胸板を押し返そうとしたがびくともしない。それどころか左手で顎を固定されてしまい、いよいよ身動きが取れなくなった。
「……嫌か?」
その声色には不安の色が滲んでいるようにも聞こえて、つい絆されてしまう。
「嫌ってわけじゃない、けど……」
「じゃあもっとしてもいいよな。彼氏の家に来るってそういうことだもんな」
「っ、ん」
 再び唇が塞がれ、左馬刻の腕の中に閉じ込められる。抵抗する気力なんて残っていない。されるがままに口付けを受け入れてしまうと、今度はシャツの中に手を入れてきた。素肌に触れられると、反射的にビクッと反応してしまう。それに目敏く気づいたのか、左馬刻はニヤリと笑った。あぁ、ダメだ。
 頭の片隅で警鐘が鳴る。これはきっと良くない方向に進んでいる。これ以上は本当に戻れなくなってしまう。
「俺と付き合えよ銃兎。嘘もほんとにしちまえば誤解じゃなくなンだろ」
 左馬刻の声が甘く響く。互いに火照って、興奮していた。汗ばむ身体は吐息の一つすら熱い。抗うことなどできなかった。左馬刻の肩口に額をすりつけて、熱を逃そうとした。
「左馬刻、俺は」
「………」
「お、俺だって」
 お前が好きだよ、と言う代わりに触れたのは銃兎の唇だった。左馬刻の目が驚きで、少し見開かれる。その瞳に映っているのは紛れもなく銃兎自身だ。こんなにも近くで彼を見つめるのは初めてかもしれない。重ねていた唇を離すと、至近距離で目が合って恥ずかしい。何も言ってくれないのでもう一度キスをして、左馬刻の首に腕を回す。これ以上、どうしたら良いんだろう。こんなことが起きるとは考えてもみなくて、分からない。
「左馬刻……」
「ん?」
 よかった。左馬刻が返事をしてくれて。
「……意地悪するのはやめてくれ」
 左馬刻は楽しそうに笑ってから、銃兎の耳元に唇を寄せた。
────好きだぜ、じゅーと。
左馬刻が囁いた言葉は銃兎の鼓膜を震わせ、脳に直接響いてくるようだった。じわっと視界がぼやけて、左馬刻の顔がよく見えなくなる。涙を堪えるために、ぎゅうと強く目を瞑った。
銃兎が泣くほど左馬刻の言葉が嬉しいのだと察したのか、左馬刻はまたキスをした。優しいだけのそれはすぐに終わってしまい、名残惜しさを感じる。そんな感情は、今まで得たことがなかった。
「もっとするか」
「ん、ふっ……はぁ……」
 問いかけに答えるよりも先に、再び口付けられた。否はない。銃兎も左馬刻に応えるように舌を差し出すと、左馬刻の舌と絡み合わせて、ゆっくりと柔らかな粘膜を弄り合う。お互いの唾液を交換しながら、何度も何度も角度を変えて濡れた唇を重ねた。
気持ちが良い。頭の奥が蕩けていく。左馬刻の匂いに包まれて思考力が鈍っていくのが分かる。このまま、左馬刻と────本能のまま求めて、乱れてしまったら、どんな心地だろうか。
左馬刻の指先が、視線が、声が、銃兎の性感を煽ってくる。脇腹を撫であげられて、背中がぞわりとした。
「じゅーと……アイツらにどこも触られてねぇだろうな」
「バカ……っ、何もねぇに決まってんだろ」
「本当かよ」
 何を疑うことがあるのか、左馬刻は納得いってなさそうな声音だ。あの二人が自分をそんな目で見るわけがないのに。そう言おうとしたところで、
「ァふ……っ」
 不意打ちで乳首をなぞられ、変な声が出てしまう。慌てて口元を手で覆ったがもう遅い。左馬刻の表情を見て後悔したが、時すでに遅しである。
 今の反応で確信してしまったようで、滑らかな生地の上から乳首の先端を引っ掻かれた。爪先でカリカリと弄られれば、そこはあっという間にぷっくり膨らんで、服の下の弱点を主張し始める。
 男なのに胸を愛撫されている。それも好きな相手に。そう思うだけで身体の芯が熱くなる。
左馬刻のもう片方の手は銃兎の腰を抱き寄せていたのだが、いつの間にかお尻にまで移動していて揉みしだいている。その手つきは隠す気もなくいやらしくて、銃兎は身を捩った。布越しでもわかるくらい勃起している乳首を指の腹でクリンクリンと引っ掛けるように弄ばれて、甘ったるい性感が背筋を通り、下腹部を疼きが犯す。身体の中心が熱くて苦しい。たまらず、左馬刻の手を掴んで止めようとする。
「……銃兎、俺とこーゆーことするのやめてぇなら言えよ」
「………っ」
「言わねぇと、やめてやらねーから」
 銃兎が何も答えずにいるから、左馬刻は満足そうに笑った。シャツのボタンを一つ一つ外され、前を開かれる。外気の涼しさと身の内の熱が混じる。左馬刻の前で裸を晒しているんだと認識すると恥ずかしいのに、やめたいという言葉は出なかった。照明の落とされた中でも左馬刻のピジョンレッドの瞳は確かに興奮で盛り、銃兎の上半身を舐めるように見つめているのが感覚で解ってしまい、それがまた羞恥心を煽った。
────俺の身体なんて見て楽しいもんじゃないだろ。
 そう言いたいけれど、言えるはずもない。左馬刻は銃兎のヘソ周りから腹筋の形を辿り、乳輪をくるくると親指でなぞってから先端をきゅっと摘んだ。それだけの刺激にすら敏感に反応してしまい、甘い吐息が漏れる。
 左馬刻は銃兎の反応を楽しむかのように、指先に力を入れたり抜いたりを繰り返した。
 そうしながら、もう片方の手で乳首を捏ねる。銃兎と反対の利き手がコリッコリッと左右に捻ったり、乳頭を親指と中指できゅっと挟まれたりすると、じんわりとした快感が広がっていく。
「ンッ……ぁ……」
 もっとしてほしいみたいだな、なんて耳元で言われてしまい、恥ずかしさに顔が熱くなった。銃兎が否定しないのを良いことに、左馬刻は執拗に乳首を責めてくる。触れられた部分が敏感になって、じくじくする。気持ちいい。もどかしくて堪らない。
「なぁ銃兎……テキトーに挨拶して帰ってきちまったよなぁ、さっき」
「んぁぁ……それ、は、お前が無理やりっ」
「じゃあ今からアイツらに電話して、今日はご馳走様でしたって礼でも言うか。携帯貸せよ」
「!? だめだっ、ぁあ……! 左馬刻、っん、それは、今は……だめ、ひぅっ」
「今は彼氏にいやらしいことされてます、なんて言えるわけねぇもんな? ……なァ、俺の前だけでいいから言ってみろよ」
「〜〜ッ、あ、あぁ、あ」
「ほら、早くしろ。このままじゃ辛ぇだろ?」
 左馬刻は銃兎の耳に吹き込むように言うと、ズボンの上からも分かるほど膨れた股間をやんわりと握った。直接触れられたわけではないが、敏感な箇所への刺激は銃兎にとって十分すぎるものだった。
左馬刻の声は麻薬のように作用して、頭の中を支配する。
「あ、あの、」
「うん」
「……さ、さまとき、に、」
「俺様に、何されたって?」
「やらしいこと……、ぁ、左馬刻っ」
 左馬刻は銃兎のズボンのベルトを緩め、チャックを下げた。そのまま下着ごとずらされて下半身まで露出させられる。
乳首への愛撫のせいで銃兎のものはすっかり発情しており、天を向いていた。先端から溢れた透明な先走り汁で肉茎がとろとろに濡れそぼっている。
「ぁあ、もう……やだ、見ないでくれ……っ」
「なんでだよ。可愛いぜ、銃兎」
「い、嫌だ……」
 脚を閉じようとしたが、左馬刻に割り開かれてしまう。
「ちゃんと立っとけよ」
 左馬刻は銃兎の太腿を掴んで左右に広げると、そこに顔を埋めた。内腿に吸い付かれて赤い痕が散っていく。それだけでは飽き足らず、ぺろりと舐められた。左馬刻の手がそこに触れ、優しく上下に擦られる。
たったそれっぽっちの行為なのに、信じられないくらい気持ちが良い。視線が合う。まさかと思った瞬間には遅く、じっくりと見つめたまま、既に先走りで濡れている性器をぱくりと口に含まれた。
「ぁあぁ……っ!」
 人肌より少し高い温度と、柔らかい感触に包まれて銃兎は息を呑む。触れているのだ、左馬刻の舌が。腰が震えそうだ。
 他人に自分のものをしゃぶられた経験なんかない。しかもヨコハマの王である左馬刻に、こんな奉仕をさせるなんて。左馬刻は銃兎を見つめたまま唇をスライドさせて根元まで飲み込んでしまうと、じゅぷん、と空気を含ませる恥ずかしい音を鳴らしながらゆっくり上下する。尖らせた舌先で裏筋をチロチロなぞられると、銃兎の身体は大袈裟なくらい反応した。
「ひいっ! あっ、ああ……!! 待て、まっ、左馬刻……!!」
「きもちいか?」
「う、あ、ぁあ……! それ、だめ、だめだからぁ……っ!」
「ンなこと言ってすげぇ硬くなってんじゃねェか」
「ふぁ、あ、あぁんっ、」
 亀頭を舌でぐりぐりとされる。強い快感に耐えられず、銃兎は左馬刻のぴょんと跳ねている癖毛をくしゃくしゃにした。
「きもちいなぁ。彼氏にどこしゃぶってもらってんの?」
「うぁ……んん、ひう、ちん……の、先っぽ、ぁあんっ」
 溢れてくる露をかき混ぜられる。気持ちいいけれど射精するには物足りない。もっと決定的なものが欲しくて腰が揺れそうになる。そんなことをしたら本当に淫乱だと思われてしまうかもしれない。でも、我慢できない。銃兎は腰をへこへこさせてしまう。
左馬刻は意地悪そうな笑みを浮かべると「イきてぇのか? 銃兎」と聞いた。銃兎はこくこくと何度も首を縦に振る。
「あ、い、いきたい、いきたぃ……!」
「だったらお願いしてみろよ、ちんぽからザーメン出させてくださいって」
「え……」
 銃兎の動きが止まる。左馬刻は「ほら、早く言わねぇと終わんねえぞ」と言ってくる。
 そんな恥ずかしい台詞、普段なら絶対に口に出したりしないだろう。しかし今の銃兎は快楽によって思考能力が低下していて、正常な判断ができなくなっていた。左馬刻が欲しい。この身体を可愛いがって、隅々まで愛してほしい。そう思うと自然と言葉が出てきた。
「あ……お、俺のちんぽ、から、せーえきたくさん、だしたい……っ! イかせて……さまときぃ」
 銃兎は震える声で懇願した。左馬刻が喉の奥で笑う声が聞こえて、それから────じゅるぢゅるっと勢いよく吸われた。
「〜〜〜ぅ゙あ゙あ! ひぃっ、ぁあァァ……っ」
 左馬刻の口の中で銃兎の秘茎がビクンと脈打つ。そのまま口を窄めて強く吸い上げると、鈴口からぴゅっぴゅっと噴き出した白濁液を飲み込んだ。左馬刻は銃兎の精液を全て搾り取るように根本を指で扱き、残滓も飲み干してしまうと、ちゅぽんと口を離してようやく銃兎を解放した。恥悦にとうとう立っていられなくなり、左馬刻に縋りつく。背中を優しく撫でられて安心した。
「あっ……! ぅ…は、ぁあ……っ、ふ、んん……」
「いっぱい出したな、じゅーと」
 フェラチオされて根本をしごかれながら、あっけなく達してしまった。だが、すぐにイってしまった銃兎を左馬刻は馬鹿にしたりしなかった。上手に出せてえらかったな、と甘やかすようにちゅっと頬へ口づけられる。
「……っ、さまとき、」
「なんだよ?」
「……今夜だけなんて嫌だ……」
 銃兎が勇気を出して音に乗せた言葉。誰かに自慢したいわけじゃない。誰にも言えないことをして、触れ合って、左馬刻の好きなところをもっと沢山知りたかった。格好いい男が綻ぶように笑ってくれる。
「当然だろ。ウサちゃんの彼氏様だからな」
 想像していた左馬刻こいびとよりもずっと柔らかい声と表情にきゅんとして、銃兎は思わず口づけていた。
 ああ、口の中が今日一番まずい。だけど彼氏様と両想いになれた最幸にとろけてしまいそうだ。