ヤクザの彼氏ができました

 肉体関係なんて想定していなかった。そんなはずの相手と、勢いで一線を越えてしまった。男同士で尚且つ知り合い同士の俺達がこうなる展開なんか、想定していたわけがない。有り得ないだろう。つまり今すぐどうにかするべきなんだろうが、寝起きの思考は上手く働いてくれなかった。そもそも何でこうなったんだっけか。
 とにかくまずは話し合いをしよう。話せば分かり合え……るのか疑問だが、まさかこのまま自宅へ逃げ帰ろうとは思わない。行きずりの相手だったらいざ知れず、公私ともにズブズブの関係を築いている仲間なもので。すぐに連絡が来て無視するわけにもいかず顔を合わせることになり、事務所に会いに行ったときには機嫌が底辺を這い、俺を巻き添えにして引き摺り回されるのが目に見えている。
 というか俺の下着がない。まあいい後で探そう。肘をついて上体を起こすとシーツが捲れて、隣で寝ている男の白い肌が見えた。弛みなんか一切なく綺麗に締まった腕と腹。稼業がヤなのに彫りモンとか入れてないんだな。背中が綺麗……いやそんなことしてる場合じゃねぇだろ。まじまじ裸体を見るなんて俺は何してるんだ。変態か。これでも現職警官だっていうのに。
 頼むどうかこのまま起きないでくれと願ったせいか、長い睫毛がむずがるように動いて、ゆっくりと瞼が持ち上がる。そうだよな、イヤってほど解ってる。してくださいといえばしないし、しないでくださいといえばするヤツなんだ、……左馬刻は。無意識でもその調子とは恐れ入るし、はっきり言って気まずい。だがまさかずっと寝かせとくわけにもいかねぇよな。
 微睡で溶けたような輝きを反射する紅眼が、引き攣った顔をしている俺を映した。本当になんだこの状況は。できれば体験したくなかった。
「銃兎……?」
「……ああ、そうだな、おはよう……」
 爽やかとは言い難い声で、とにかく挨拶だけはする。と、伸びてきた手が腰から尻、足の付け根まで撫でていき、素っ頓狂な悲鳴が飛び出た。
「ヒョおうぁ!?」
「ふっ、…ッははは、銃兎おいンだその声」
 急に危ういところを触ってくるのが悪い。女にしたらセクハラだし男だって場合によってはしょっぴかれるんだぞ。しょっぴいてやる! と言って睨みつけると「ヤった相手にセクハラも何もねぇだろ」と返される。煙草、と言われていつものように火を分け合い、二人で一服した。ふう、と落ち着いて一息。相変わらず服は着てないが、左馬刻も裸だしノーカンだろう。にしても疑いようもないなこれ。確かに、間違いなく、やってしまいました。付き合ってもない、肉体関係でもない、悪だくみもVRゲームも飯も酒もラップバトルも一緒に仲良くさせてもらっていたヨコハマの王様と、私はセックスしました。懺悔するようなアテはないが。
「その……左馬刻」
「ん?」
「よくあんのか、こういうこと」
「よくあると思うのか。ひんひん啼いてるウサギ押さえつけてゴムつけずに中出し」
「黙れクソが!!!!」
「うるせぇよクソが!!」
 ゴム無しだったか? つけてなかった気もするなそういえば! 必死にしがみついてて何かうろ覚えだが「銃兎」っていっぱい呼ばれて「いいよな」「いいだろ」って腹の中に出された気がしなくもないな! うわ思い出してきちまった最悪だ。まずいぞ記憶の蓋がバカになってきた。生々しいんだよ!
「つーか、さま、さまときお前! 倫理観どうなってんだ! 適当に引っ掛けた女といつもゴム無しでしてんのか!? 中出しでヤり捨てってどうしようもねぇぞ!」
「アァ!? もっぺん抜かせやテメェ!」
「あぶねッ、おい煙草……!」
 力任せにベッドへ沈められた。吸っていた煙草は取り上げられ、灰皿に消える。ぐえっとカエルが潰れたような残念すぎる悲鳴と共に、シーツの上に転がされた。左馬刻お前自分の顔面の良さ自覚しろや!
視界ジャックは効果絶大。精神的に齎される眩しさで目が灼ける。
「さ、左馬刻……」
「あ?」
「まずいんだ。お前にそうやって迫られると流されちまう……」
 喫緊の課題を訴えるが「へぇそうかよ」と軽く流されて、そのまま尻肉を揉まれた。
「おいそこ尻! 尻だって! 俺の尻だ! ちょっと待て左馬刻っ話を聞け!」
「ったくウサちゃん昨日の十倍くらいうるせぇ「また揉んだ! セ、セクハラだ! しょっぴく!」
「だから腹ン中までマーキングされた状態でセクハラもクソもねぇだろうが!」
「ひっ……」
 下腹部を確かめるように押されて情けない声が出た。意味が分からないほど子供じゃないが、中に出されて平然としていられる男でもない。そもそも男に抱かれたことなんか一度もなかったんだぞ!
「寝る前に掻き出してやったから平気みてぇだな。……どっか具合悪くねぇか?」
「……ああ」
 そうか気遣ってくれただけか。いや優しさ分かりにくいんだよもっと分かりやすい方法で示せ。分かりにくい左馬刻に、今度は顎を固定されてキスされた。生ぬるい舌がねじ込まれて、べちべちと胸板を叩く。ていうか肌色が多い。朝から肌色ばっかり見てる気がする。なんなんだこれ。左馬刻とセックスして、朝からキスされて、もう終わりだ。「盛りのついたメスウサギだな」って理鶯に罵られて、火貂退紅には示談金の話を持ち掛けられるんじゃないか。ウチの左馬刻に手ぇ出しやがって入間ァこの落とし前はつけてくれんだろうなァ────それもこれも俺が左馬刻と一線を越えちまったせいで。
 ……いや待てよ?
 思い返してみたが、左馬刻が俺を押し倒してきたよな。酒入ってたけど記憶が残ってる。俺に口移しでコップの水を飲ませたあと、ソファに乗り上げて俺の装飾品を外したのは左馬刻だった。溜まってたのかもな。そういう時ってスッキリしたくなるよな。だからって男を抱くなんて、一体どういう心境なのか。というか「そんなに欲求不満だったんだな……」。キスから解放された口で憐れみをもって呟くと左馬刻は顔を顰めて睨んでくる。
「……チッ、テメェのそういうとこマジでムカつくわ。次言ったらコーヒー淹れる時に金取んぞ」
「出張バリスタか……いつでも来てくれるなら出しても良いですよ。幾らです?」
「金なんざいらねぇわ!! ……さっきからずっと、俺様のことなんだと思ってんだよ……」
 そう言われましても。
 付き合ってもない相手(※性別不問)と一線越えて、ゴムもつけずにやる男という肩書きのヤクザは強烈なクズすぎる。女が妊娠したら左馬刻も困るだろう。俺は妊娠しないがチームの仲間として仲良くやってきたし、この関係が壊れるのは嫌だ。一度やってしまった行為はもう取り消せないけれど、今後どうするかは展望がある。拗れるのは嫌だ。こんなのは一夜のアヤマチ。酒の勢いでちょっとハメを外しただけ。うっかり間違えたんだ。それなら今回はなかったことにするのが正解だろう。大人なんだからスマートに。切り替えるために、コホンと軽く咳払いをした。
「左馬刻、これからの俺達についてだが」
「! おう、」
「昨日は酔ってたし、左馬刻も俺を女と見間違えちまっただけだよな。お互いなかったことに、」
 しよう、と言い終わるより早く左馬刻が俺の脚を開き、勃ち上がったチンコをずぶずぶ、ぐっちゅんと俺の中に収めた。おさめ、られた。

「え、……ぁ……?」
 間抜けな声が出て、何をされたのかまじまじと見下ろしてしまう。結合してる。さまときとつながってる。つまりセックス。嘘だろ、この流れでどうして。信じられねぇ。なに考えてるんだ。まだ火照りと柔らかさを残す隘路が、ずぶずぶ押し拓かれる。奥を目指すように腰を押し付けられていく。
「っ、〜〜ッ……!?」
 昨夜散々弄られた場所を擦られれば身体が反応してしまう。反射的にきゅうっと括約筋に力が入ると、左馬刻の形がありありと分かってしまい、背筋が反りかえった。こんなのひどい。あんまりだ。俺の両手首をシーツにがっちり縫い留めた左馬刻が不機嫌そうに、また舌打ちする。
「なかったことに……なんだって? オラ最後まで言ってみろよブチ犯してやっからよ」
「うっ、やだ、」
「ヤダじゃねぇんだよ。お前今自分がどんな顔してっかわかってんのか? 」
「ん! うぅ、くぅ……ッ」
 ぐりゅぅっ────音がしそうなくらい強く中を突かれて息が詰まった。尻に左馬刻の陰毛が擦り付けられる。腹の奥がじゅくじゅく熱い。染みて落とせないインクのように、性感が広がっていく。左馬刻が苛ついてることは分かるが、なんと返事をするべきなのかは分からなかった。
「銃兎、あんまナメてっと仕置きすっからな。チンポで躾け直してやる」
「ひ……! さま、とき……っ」
 左馬刻のギラついた視線で射抜かれる。俺のナカを貫くソレは昨夜ほど膨張してこそいなかったが確かな質量をもって腹の中にあって、じわじわと体感温度が増していく。熱い、苦しい。

「根元までぐっぽり咥えこまれてあったけぇ」
「昨日まで処女だったのになぁ。こんなスケベ穴で男誘ってんじゃねぇよ」
「違わねぇだろ雌ウサギ。おらイイトコ当たんぞ」
「イヤイヤって言う割には良さそうだなぁ」
「このままオナホになっちまうか……? 柔らかくなってきたぜ、ウサちゃんのマンコ」
 耳元で囁かれる卑猥な言葉の一つ一つが鼓膜に浸透して、脳髄に浸され、ぴくんと勝手に身体が跳ねる。
 左馬刻のモノが、前立腺を狙って突き上げてきた。亀頭の先端で何度も。こすこす、ぐにぐにと小刻みに揺すり上げられてしまえば、もうダメだった。脳みそが溶けてしまいそうな気持ちよさで、何も考えられなくなる。
 さそってない、ちがう、だめ、そこはいや。抵抗するために声を出すと、甘ったるい高音も一緒に溢れてしまう。涎が頬を伝い落ちていった。
 ぱちゅんぱちゅんと音を立てて抜き差しされる度に、甘い電流みたいな痺れが全身に回っていく。逃げようと身動ぎしても押さえつけられて、結局されるがまま。俺はシーツを皺になるほど握りしめた。今度はゆっくりと腰を引かれて、内壁が引き摺られる感覚に震える。ずるるる、と抜けていったかと思うとまたゆっくり埋められてしまう。左馬刻の形は泣きたくなるほど具合がよくて、強引に腰を振られるだけでもナカの凹凸の一つ一つが擦り合わされて、甘だるく溶けそうになる。与えられた熱をひたすら拾い上げて、突き上げられる度に身体がつくりかえられていく。ひたひたと腹の奥まで満ちる快楽がたまらない。『挿れるのはダメ』『抜いてくれ』と言わなければ────でも、きっともう無理だ。濃厚な一夜を過ごしてしまった俺は、左馬刻と仲良くやってきた俺は知っている。俺がダメと言っても今は聞いてくれないこと。ハマを牛耳る若頭様が、このあとどう動いて俺の中を確かめるのか。どんなふうに責め立てて意識を朦朧とさせるのか。俺と身体を重ねた左馬刻が息を荒げ、目をギラつかせ、雄だってことをどれだけ俺に分からせてきたか。
 鮮明に思い出して、こんなのは無理だと悟る。昨日のこと全部なかったことになんて、できない。だって俺、きっと左馬刻の顔を見るたびに抱かれたことを思い出す。忘れるなんて無理だ。こんな、こんな。
 どちゅん、と容赦なく突き上げられて、目の前が真っ白になる。身体の奥深くまで侵入されて、一瞬呼吸を忘れた。前からずっと左馬刻のオンナだったみたいに錯覚する。
「あっあッ……!!  ン、ふぁ、ああァっ……!!」
 ごりゅ、と結腸の入り口を突き上げられるのと同時に前もグシュグシュと先っぽを擦られて、絶頂を迎える。びくっびくっと身体が痙攣して、ほとんど量のない精液が垂れた。
「イっちまったのかよ」
「うぅ……っ、ひっく……」
「泣いたって許してやんねぇぞ」
「っう……うぅ〜っ……」
「誰が見間違えたって? この俺様が欲求不満だと?」
「う、ぁあ……! ひっ、ぁぐ、さま、ときぃ……ッ!」
 奥を穿つ動きが激しくなる。まだ余韻が残っているのに、左馬刻は射精していないから、当然終わらない。ガクガクと揺さぶられ続けて視界がぼやける。気持ちいいを通り越したような快感が、苦しいくらいだった。
 でも目が合って分かった。左馬刻は俺がさっき言ったことが意に沿わず、怒っているんだと。
 ごめん、と搾り出せたのはたった一言のシンプルな言葉だった。左馬刻は、見間違えたわけでも、欲求不満で男を抱いたわけでもなかったんだ────やっとそんなことに気づいた俺は鈍すぎる。左馬刻を傷つけた。呆れて離れてしまうのではないかと不安に駆られるが、左馬刻は俺のナカを責めたてるだけの抽挿をやめて、俺の目尻を指で拭ってくれた。
「……ったくよぉ、ウサちゃん……ちゃんと反省したか?」
「……ん、ごめん、左馬刻…」
「俺のことなんだと思ってんだよ。お前に手ぇ出しといて遊びなわけあるか。お前だってそんな安い男じゃねぇだろ」
「俺……! 俺も、お前だけだ、左馬刻だったから俺は……ぅぅ゙、さぁとき……」
「もう虐めねぇから泣くんじゃねぇって……知ってるぜ、ウサちゃん言うほど酔ってなかったもんな。水飲ませてやったら「もっと」って甘えてきたけどよ……アレはわざとだろ?」
「! ……そ、それ、なんで……」
「脱がして裸にしても嫌がらなかったじゃねぇか。恥ずかしがってたくせに、そのまま俺とセックスしたよなァ?」
「〜〜〜〜ッ!」
 数時間前のことを掘り返されて顔が熱くなった。そりゃこの機に乗じて甘えたくもなるし、迫られたらときめくに決まってるじゃねぇか!
 あぁ、左馬刻は俺が欲しいと思ってくれてるんだな、じゃあ、あげてもいいかって思うだろ。あの状況だぞ? 俺じゃなくても抱かれるだろ。左馬刻なら良いかなって思っちまうだろ。完全にどうでも良い赤の他人とか丸きり知らねぇ初対面の男ならまだしも、碧棺左馬刻だぞ。俺にとって左馬刻は殊更に、世界で一番といっても過言でないくらいに特別だ。左馬刻が望むことは叶えてやりたい、できれば俺が、って思うのは悪いことかよ。俺なんて対象外だと思ってたのにあんな目で見られたら、押し倒されたら、見て見ぬふりなんてもう出来なかったんだ。

『じゅうと、……銃兎、ずっと手に入れてぇと思ってた。テメェが欲しかった。なぁ、忘れんなよ。明日の朝もその次もこれからも好きだ。テメェが好きだ、銃兎』
 何度も何度も好きって言われるうちに自制心が緩くなって『俺も左馬刻が好きだった』と答えていた。抱きしめ返して、初めてで苦しかったけど左馬刻のを全部受け入れた。
 なんだよそれ。そんな必死なの、遊びでも一夜のアヤマチでもなんでもなくて────ただ、好きな相手に身も心も捧げて、たしかに愛された夜だった。
「はぁっ、ぅあ、さまときぃ……! ぁッ、ぁん、ぁん」
「はッ……銃兎……かわいいな、じゅーと……」
 左馬刻が、あまりにも特別で愛おしむような声で俺の名前を呼ぶ。朝が来ても左馬刻に愛されてるって、自惚れても良いのかな。ずぷ、ぬぷ、と奥を繰り返し突き上げられるたびに、あんあん気持ちいい声が出てしまう。左馬刻が揶揄いもせず、かわいい、と繰り返してキスしてくれる。本当に夢みたいだ。俺は今どんな顔をしちまってるんだろう。ふ、と微笑んで唇を深く合わせてくれた。優しく舌を絡め取られ、呼吸を奪われる。口内を味わわれるのが心地よくて夢中になって応えた。シーツを握りしめているだけの手のひらが、急に寂しい。ちゅる、と唾液を分け合って、左馬刻の滑らかな白い背中に腕を回してぎゅうと抱きつく。昨夜のことを思い返しながら、これからのことを思って目を閉じた。勢いで越えた一線の先にお前がいるなら、こんなに幸せな朝もないな。